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お寺が消える
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それぞれの不幸 島根・江の川流域編<4>

2015/8/25
写真@新住職夫妻を迎えた如伝寺だが…。門徒の悩みは深い(邑南町日和)

写真@新住職夫妻を迎えた如伝寺だが…。門徒の悩みは深い(邑南町日和)

島根・江の川流域編<4>
 それぞれの不幸

 江の川流域のお寺を訪ね歩きながら、トルストイの『アンナ・カレーニナ』のよく知られる一節がふと思い浮かんだ。それは次のような書き出しで始まる。

 幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。(岩波文庫 1989年)

 住職の急死、病気、後継者問題、有力支援者の没落、火災や風水害…。300年あるいは400年と歴史を積み重ねてきたお寺は、ほぼ例外なくこうした不幸に一再ならず遭遇し、存亡の淵に立たされた過去をもつ。それを、お寺同士の連携や門徒の支援で乗り越えて現在がある。不幸にして乗り越えられなかったお寺は、その名を地名にとどめるか、伝承として語り継がれる運命をたどった。

 それにしても、廃寺を決断せざるを得なかったり、廃寺の道をたどりつつある不幸なお寺が、いま、なぜ、中国山地にこうも多いのか。そんな自問を繰り返しながら取材を続けた。以下に報告するのは、お寺は維持されているものの、門徒にとって、それぞれに幸福とは言えない事情をかかえた邑智郡内のお寺の素顔である。

▼邑南町日和・如伝寺<写真@参照>
 「NET縁(えにし)」というインターネット・サービスをご存じだろうか。西本願寺が「親鸞聖人750回大遠忌」(2011年)を記念して、2007年に始めたお寺の縁結び支援事業である。後継者に悩むお寺に新住職を紹介する「入寺コース」、お寺の後継者の結婚相手を紹介する「結婚コース」という二つのコースがあって、会員登録すると本山がネットを通して希望者を仲介してくれる。登録料も仲介料も無料というから、悩みをかかえるお寺や門徒にとっては、文字通り「ありがたいご縁」に巡り合えるサービスと言えよう。
 西本願寺のホームページから「NET縁」へアクセスすると、ご縁に恵まれた住職や門徒、お寺の若いカップルが写真入りで紹介され、感謝や決意、喜びの言葉が綴られている。「無縁社会」という無慈悲な風にさらされながら生きる俗人でも、見るだけでほのぼのとするページである。

 そんな「NET縁」が取り持つ縁で、新たな後継住職を迎えたお寺が邑南町日和(旧石見町)にある。全長2,485メートル、農道トンネルとしては日本一を誇る真っ直ぐな日和トンネルを抜け、緩やかな坂を下ると高原が開ける。「石見高原牛乳」「日和高原野菜」のブランドで知られる日和高原のほぼ中央、周囲を田んぼに囲まれた小高い位置に建つ如伝寺が、そのご縁で結ばれたお寺である。本堂に向かい合って庫裡が建ち、参道わきのクリーム色のコンクリートブロックに囲まれて鐘楼が並び、赤瓦がひときわ映える。

 如伝寺の前住職・西氷敏之さん(1931年生まれ)は布教使として全国のお寺を回りながら、50軒ほどの門徒の世話をしてきた。あとを継ぐ子どもはおらず、自坊の将来に不安をかかえて思案していたとき、本山の「NET縁」による住職の紹介サービスを知った。さっそく申し込んだところ、ほどなく本山から応答があった。福岡でお寺の法務員をしている人が住職を希望しているという。喜んだ西氷さんは、本人と会って如伝寺の実情を話し、先方の希望を聞いたりして後継住職に期待を膨らませた。
 2008年に申し出があって、夫婦がお寺を訪ねてくるなど折衝は順調に進み、養子縁組という形で縁談が整った。西本願寺は「NET縁」を開設して初の成果というので、『本願寺新報』のトップ記事として住職を写真入りで載せた。それが現住職の由起男さん(1957年生まれ)である。妻の邦枝さん(1961年生まれ)と如伝寺に入った由起男さんは2009年5月、西氷さんが主催する一足早い「親鸞聖人750回大遠忌」と新住職のお披露目を兼ねた記念法要に臨み、門徒の祝福を受けてスタートを切った。

 ところが、住職披露からほどなく門徒を不安に陥れる事態が起きた。新住職が「東京のお寺で働きたい」と副住職を頼んで夫婦で如伝寺をあとにし、先代住職の西氷さんもまた妻の郷里九州へ旅立ったのである。門徒総代を引き継いだ佐々木義夫さん(1944年生まれ)は、「新旧住職の間で何があったのか、新任のわしにゃあ分からん。定住してほしいが、門徒が少ないので無理も言えんし…」と多くを語りたがらない。副住職は地元に居を構えてはいるが、広島との二重生活で常住しているわけではない。葬儀の時、副住職の都合がつかなければ、如伝寺と縁続きのお寺に頼む。幾人かの門徒に会うと「これじゃあ何のために新住職に来てもろうたかわからん」と異口同音に不満をもらした。東京で法務員として働く現住職とは電話で話した。「本山はじめ言いたいことはあるが、僕たちの生活もありますから」と苦しい胸の内を語った。
 「NET縁」という縁結びのサービスも、ホームページに載っているような、ほのぼのとしたご縁ばかりとは限らない。喜びが大きかった分だけ、如伝寺門徒の落胆もまた大きい。

▼邑南町雪田・長源寺<写真A参照>
 細長い谷沿いに民家が点在する邑南町雪田地区(旧羽須美村)のほぼ中央、川向こうにイチョウやサクラの巨木に視界を半分近く遮られた本堂が見える。境内に入ると「島根県天然記念物 雪田長源寺の枝垂桜」と書いた大看板が見えた。幹回り3メートル、樹高14メートル、推定樹齢300年とあり、お寺の由来も書いてある。それによると、元は真言宗のお寺で1600年代前半に浄土真宗に改宗したとあるから、改宗以後でもほぼ400年を経ている。
 しかし、境内を歩いてみても住人の気配はない。寺院名簿には住職・竹村寶成さんの名前が記載されている。門徒の一人、杉本不二夫さん(1927年生まれ)に会った。「住職さんは、井原(旧石見町)の奥さんのお寺に住んどりんさる。ここを出るとき『週のうち2日はここ(雪田)へ住む』という約束じゃったが、1年と続かなんだのう」と不満を口にした。今も「護寺会費」として年額2500円を集め、会費の一部は本山や教区などへの賦課金に充てられているという。

 雪田は旧羽須美村の西端にあって、かつては戸数150戸を数える隔絶集落だったが、広域農道ができて孤立感は消えた。固い結束を誇り、1ヵ寺だけの長源寺は「自分たちのお寺」という意識が強い。1960年代前半まで毎年4月の「花祭り」には釈迦像を台車に乗せて引く稚児行列があり、枝垂れ桜の下で釈迦像に甘茶をかけ、参列者もいただく慣わしだった。『羽須美村誌』によると、日曜学校に100人を超える子どもが参加し、春秋の農繁期になると季節保育所も開設された。小集落ごとに法座を毎月開き、青年団の法座も50年続いたが、これらの恒例行事も過疎化とともに消え、戸数も98戸に減った。

 さて、いま住職の竹村さんが奥さんと暮らす井原(旧石見町)の天蔵寺は、国道261号から遠望すると木立ちに囲まれてほとんど見えない。こちら天蔵寺の住職は妻の祥子さんである。お寺といえば夫が住職、妻は坊守が通り相場だが、竹村さん夫妻はそれぞれ別のお寺の住職という珍しい存在。しかし、長源寺を継ぐはずだった長男を20年前に病気で失う不幸に見舞われ、お寺の維持をめぐる見通しは大きく狂った。
 天蔵寺もまた、かつてこの地を治めた雲井城主の菩提寺で、1523(大永3)年に浄土真宗に改宗してからでも490年近い歴史を誇る古刹。大正末期に焼失した本堂、庫裡を再建して今日に至り、所蔵する木像釈迦如来立像は邑南町の文化財に指定されている。
 二つのお寺の住職として、竹村夫妻がそれぞれのお寺の将来にどのような決断を下すのか。とりわけ衰退は覆うべくもない雪田・長源寺の行く末に、門徒の不安はつのる。

▼美郷町枦谷(かたらがい)・香善寺
 夕暮れ時、美郷町(旧邑智町)枦谷を車で走っている途中、鐘の音が聞こえてきた。あと500メートル足らずで大田市境という交差点の高台にある香善寺の鐘だった。石段をのぼってイチョウの巨木の下にある鐘楼へ行くと、鐘をつくのは中年の女性。「夕方になると、こうして毎日上がってきます。孫が小、中学生のころはやってくれよったんだが、高校へ進学して帰りが遅うなって、また私がやらせてもろうとります。やっぱり鐘の音が聞こえんと寂しいけえなあ…」。谷を隔てて向かいに住む伊藤邦子さん(1949年生まれ)は、鐘をつき終えて言った。<写真B参照>
 聞けば、香善寺住職の菅一泓(すが・いちよう)さんは2001年に亡くなり、あとを継ぐ人がいないという。寺院名簿を見ると、遠く離れた平田市のお寺が代務住職を勤めている。「あれは住職の娘さんの嫁ぎ先。亡くなられた住職の男の子どもさんは得度しておらず、継ぐつもりもないらしいです」と伊藤さん。
 このお寺は旧邑智町にありながら、組織上は大田市の「大森組(そ)」に属し、門徒は枦谷地区だけでなく大田市の水上、祖式、大森一帯にある。門徒数も大森組では屈指を誇り、100軒以上あるという。門徒総代で大田市祖式町に住む安田忠敬さん(1937年生まれ)に電話した。「ずっと住職を探しとるんだが、なかなかむずかしゅうて困っとる。いま香善寺の親戚筋に若い候補がおらんことはない。ただ、まだ得度しとらんし住職の資格もないもんでのう。なんとかまとまるように祈っとる」
 電話の声を聞きながら、毎日、毎日、鐘を鳴らし続ける伊藤さんの姿が浮かんだ。

※2012年2月8日に旧ブログ掲載

写真A住職が妻のお寺へ移り住み、普段は無住の長源寺(邑南町雪田)

写真A住職が妻のお寺へ移り住み、普段は無住の長源寺(邑南町雪田)

写真B香善寺の鐘をつく伊藤邦子さん(美郷町枦谷)

写真B香善寺の鐘をつく伊藤邦子さん(美郷町枦谷)

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