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言ノ葉ノ箱
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時のすずしさ

2015/8/31

 真夏の京都を訪ねた。今年の夏は全国的に記録が塗り変わるような猛暑続きで、古都を照らす光も、やはり熱く、強いものだった。盆地ゆえ、昼間の熱い空気をとじこめて、夜になってもむしっとして暑い。
 しかし、耳をすませば水の流れる涼しい音がするのが、京都の特徴でもある。祇園の町を、清らかな水をたたえる水路がめぐっている。
 小さな魚を泳がせている水。そのめぐりに茂る緑の間から降る木漏れ日を浴びて蝶(ちょう)が舞い、蟬が鳴き、鳥が羽を休ませていた。

かにかくに祇園はこひし寝(ぬ)るときも枕のしたを水のながるる

吉井勇

夏の京都(筆者撮影)

夏の京都(筆者撮影)

 東京で貴族の家に生まれた吉井勇は、2度目の結婚の後京都に移り、生涯過ごした。祇園という町の風情に心身ともに安堵(あんど)し、なじんでいる様子が感じ取れる。歌謡曲「ゴンドラの唄」で「命短し 恋せよ乙女」と、若い女性の恋心を鼓舞した勇は、枕の下に流れる水の音を聞きながら、自らの昔の恋のことなども思い出していたのではないだろうか。この一首は、白川のほとりに歌碑として刻まれている。

情を縫うように流れる白川に百年前のつぼみが透ける

東直子


 かげろうの立つような市街の中に、一つ目小僧の絵が描かれた提灯(ちょうちん)を見つけた。くず切りが名物の甘味処、鍵善良房だった。

一つ目小僧の提灯

一つ目小僧の提灯

 涼を取るために中に入り、くず切りをいただいた。注文を受けてから粉を溶くところからはじめて5分ほどできあがるというくず切りは、特製の漆器に湛(たた)えられた氷水の中に浮かんでいる。箸でその透明な平打ち麺をすくい上げて、黒蜜の器へつけて食べる。黒くて甘い蜜のからんだそれは、思いの外歯応えがあり、ひんやり感とともに、かすかにねっとりとした歯ざわりが楽しめる。

暗闇はとろりと甘くここへきたことをこころがかみしめている

 その後、すっかり陽(ひ)の落ちた京都の町を歩いた。戦災を免れた京都の町は、歳月を重ねた建物が、厳かであたたかな気配を醸し出している。町家と呼ばれる古い民家は、改装されて料理店になったり旅館として貸し出されたりしているところもある。

町家の夜道

町家の夜道

 旅館となっている一軒の町家の中に上がらせてもらった。格子状の戸の奥にはこぢんまりとした庭があり、鹿威しの竹の先から細い水が流れていた。夏草に埋もれるように小さな狸(たぬき)の陶器が置かれている。こんな庭が、一軒ごとにあるのだろう。

夏の草が虹を待っているような小さな庭の小さなたぬき

 町家が囲む碁盤の目の道を、風がかすかに流れる。100年前の夏の風は、きっともっと涼しかったことだろう。

(歌人・作家)



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