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言ノ葉ノ箱
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ひそかな祈り

2015/11/17

 徳川時代に禁止されていたキリスト教の信者のことをキリシタンと呼ぶが、この言葉を聞くと、長崎の天草という土地が即座に思い出される。しかし大分県の竹田市にも多くのキリシタンがいた。日本八大布教地の一つなのである。歌人の川野里子さんの故郷でもある竹田市を、川野さんとともに案内していただいた。
 幕府に弾圧されながらも信仰心をひそかに守り続けた人々を一般的に「隠れキリシタン」と呼ぶが、竹田市では、「隠しキリシタン」と呼んでいる。自らもキリシタンだった藩主が、聖遺物を城中に隠し、キリシタンの部下を守った歴史があるからだそうだ。当時一帯を治めていた岡藩主の中川氏が城に隠していた「サンチャゴの鐘」は、竹田市歴史資料館で実物を見ることができる。渋いあかがね色に光る躯体(くたい)に、小さな細い十字架のレリーフが見てとれる。

サンチャゴの鐘(レプリカ)=筆者撮影

サンチャゴの鐘(レプリカ)=筆者撮影

 建物の外に、この鐘の成分と同じ素材で作られた同サイズのレプリカが吊(つ)るされていて、自由に鐘を突くことができる。試しに突いてみると、ほんの少ししか力を入れていないのに大音量が響き渡った。日本の寺院のゴーンという重低音とは対照的な、空高く響き渡る音色である。隠れて信仰していた人々は、さぞやこの鐘を高らかに打ち鳴らしたかったのではないか、と切なくなる。
 岡城のまわりに広がる武家屋敷通りを抜けた山の中に、キリシタン洞窟礼拝堂跡がある。岩山を人工的に掘り広げて作られた洞窟礼拝堂で、出入り口となる穴に白い柵がかけられている。神秘的でモダンな印象のその洞窟の中に入ってみた。薄暗く、湿った石の部屋の空気はひんやりとしていて、静まり返っている。奥には小さな十字架と蝋燭(ろうそく)が立てられた、ささやかな石の祭壇。祈る、という行為は、個人的でそしてどこまでも深い場所へとつながっている行為なのだ、と薄闇でそれを眺めながら思う。

キリシタン洞窟礼拝堂跡

キリシタン洞窟礼拝堂跡

 「鏡処刑場」という、キリシタンの処刑場の跡地には、「南無阿弥陀仏(あみだぶつ)」と刻まれた石碑が3本建てられている。殉職したキリシタンへの慰霊のための石碑だが、「南」という文字の1画目と2画目は、こころなしか十字架の形をしているように見えた。

石の部屋に神様をゆめみた人のあなうらの熱地中に残し

東直子

 城下町から足を延ばし、久住高原を散策した。熊本県の阿蘇山につながる、風がふきわたる広い広い、草原である。3月になると、一斉に草を焼く「野焼き」が行われるという。草原を進んでいく炎の先端を想像すると、草原に火を放ったスサノオノミコトの神話を思い出す。スサノオは自分の娘に求婚した男を追い払うために火を付けたのだが、久住高原の野焼きは、草原が草原でありつづけるためのものだという。背の高い木が育ち、森になるのを防いでいるのだ。

マツムシソウ

マツムシソウ

 草原に、マツムシソウがひっそりと咲いていた。淡い紫の、大きさが微妙に違う花弁。他のどの花とも違う神秘的な愛らしさがあった。

(歌人・作家)

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