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越中の歌

2015/12/24

 今年開業した北陸新幹線に乗って富山を訪ねた。これまで東京から富山に向かうには、飛行機で行くか、電車を何度も乗り継いで行かなければいけなかったのだが、北陸新幹線なら直通で2時間あまり。清潔な外観と落ち着いた色合いの内装を楽しみつつ、とても快適に北陸の地に下り立つことができた。
 万葉集の編さんに関わったとされる大伴家持が、国府として「越中」と呼ばれたこの地に赴任したのは、746年のこと。新幹線はもちろん、ビルも車も電気もない1300年前に、単身赴任は存在したのである。そしてまた、今も脈々と作り続けられている五七五七七音の和歌(短歌)を、家持はこの地で223首残した。

スクリーンに浮かぶ越中万葉歌

スクリーンに浮かぶ越中万葉歌

 2012年にオープンした「高志(こし)の国文学館」では、家持の越中での和歌や、富山県にゆかりのある作家や詩人などの文学作品の資料が展示されている。藤子不二雄氏など、漫画家の資料も多数見ることができるのも、うれしい。
 モダンな外観に合わせるように、最新のデジタル技術を駆使した装置もある。光の球をすくうと浮かび上がる文字を放つとスクリーンに家持の歌が映り、背景に越中の美しい風景が広がっていく中、歌が読み上げられる。

天離(あまさ)る鄙(ひな)に月経(へ)ぬしかれども結(ゆ)ひてし紐(ひも)を解きも開(あ)けなくに

 大伴家持が越中で詠んだ一首。遠い田舎にやってきて何カ月もたつが、都で妻が結んでくれた紐を解くことはない、と詠んでいる。家で待っている妻に、他の人に心を移すことはないのだ、だからこそ切ないよ、と訴え掛けているようだ。しかし家持はとてもモテたようで、平群郎女(へぐりのいらつめ)という女性から、こんな歌を贈られている。

万代(よろづよ)と心は解けてわが背子(せこ)が摘みし手見つつ忍(しの)びかねつも

展示資料を見る筆者

展示資料を見る筆者

 恋しい人が触れた手を見つめながら、自分たちの心は永遠に一つに解け合っているのだと訴え掛ける、熱い歌である。平群郎女は、この歌を合わせ、家持に宛てた12首が万葉集に残されているのだが、なぜか家持からの返歌は掲載されていない。どのようなエピソードが彼らにあったのか、想像が広がる。心のエキスを抽出した和歌は、今も生き生きと脈を打ち続けているようだ。

辺見じゅんさんの資料

辺見じゅんさんの資料

 富山出身の作家で歌人の辺見じゅんさんは、この文学館の館長に就任するはずだった。しかし、開館の前年に病気で急逝された。角川書店の創設者で俳人の父、角川源義の長女として、その遺志を受け継ぐように文学の世界で多彩に活躍した辺見さんがこの文学館に寄せる想(おも)いがどれほど強いものだったかを思うと、胸が詰まる。生前の交流を忍びながら、仕事場をまるごと移築したような膨大な資料の詰まった、辺見さんのコーナーの書庫を見つめた。

遠山にきれぎれの虹つなぎつつわが父の座に雪は降りつむ

辺見じゅん


(歌人・作家)

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