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文士たちの村

2015/12/24

 東京の田端駅にある「田端文士村記念館」から、リニューアルの通知をいただき、久しぶりに訪ねた。田端には、芥川龍之介をはじめ、室生犀星や堀辰雄、漫画家の田河水泡など多彩な文化人が住み、交流を深めていた。画家の小杉放庵が作ったテニスコートは「ポプラ倶楽部(くらぶ)」と呼ばれ、テニスを介した社交場になったという。それらのエピソードを記念して駅前に建てられたのが「田端文士村記念館」なのである。

田端文士村記念館(筆者撮影)

田端文士村記念館(筆者撮影)


 訪ねた日、この地が文化的な村となるためのほぼ最初の移住者ともいえる陶芸家の板谷波山の生涯を描いた映画「HAZAN」が上映されていた。榎木孝明が波山を、その妻まるを南果歩が演じ、新しい芸術を模索した奮闘ぶりがリアルに迫ってきた。
 現在の田端駅はビルの立ち並ぶ都会だが、当時は映画で描かれた通りの田園地帯だったという。しかし、高台をつたって上野に通じていたため、波山の出身校でもある東京美術学校(現東京芸術大)へ徒歩で往復できることもあり、美学生が集まるようになったという。また、学生時代に義父母とともに田端の家に引っ越してきた龍之介を中心として、文人たちも近隣に住み始めたのだった。

芥川邸を詳細に再現したジオラマ

芥川邸を詳細に再現したジオラマ

 今回のリニューアルの目玉は、文学仲間がこぞって訪ねてきたという芥川邸のジオラマである。細部まで非常に細やかに作られた家とその庭に、映像通りに木に登っている龍之介がいる。子どもたちの前で自宅の庭の木に登ってみせるおちゃめな龍之介の姿を以前ここで映像として見たのだが、それが模型として立体化された、というわけである。
 また、龍之介の書斎が、小道具に至るまで再現されており、床の間に赤い皿が置いてあるのが見える。これは、犀星から贈られた赤絵九谷鉢だという。実物も展示されている。よく使われたようで、真ん中の絵がすり減っている。いただいたものを大事にしまい込むのではなく、日常の中で使って楽しんでこそ、感謝の念を伝えることができる。それが芥川家のモットーだったようだ。
 

室生犀星から贈られた赤絵九谷鉢

室生犀星から贈られた赤絵九谷鉢

さ庭べに冬立ち来らし椎(しひ)の木の葉うらの乾きしるくなりけり

芥川龍之介


 
 
 丁寧な観察眼の生きた繊細な歌である。このように、優れた小説を発表するかたわら、俳句や短歌などの詩歌作品も残している。

冬心(とうしん)の竹の画見に来(こ)ひさかたの雪茶を煮つつわが待つらくに

 この歌には「『となりのいもじ』香取先生に」という詞書(ことばがき)が添えられている。「いもじ」とは鋳物師のことで、隣に住んでいた鋳金家で歌人の香取秀真に宛てて詠んでいるのである。「雪茶」というのは、初雪が降った時の茶会のこと。初雪が降ったので、冬心の絵を見ながらお茶でも飲みませんか、と誘っているのである。なんて粋なことだろうか。
 秀真は、波山に魅(ひ)かれてこの地にやって来たが、龍之介とも親しくなった。芸術家も文学者も供に身近で切磋琢磨(せっさたくま)していた、文化の青春時代に彼らはいたのだと思う。

(歌人・作家)


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