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言ノ葉ノ箱
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物語がめぐる場所

2016/5/2

 子どもの頃の記憶は、断片的である。さまざまな時間が、コラージュのように脈絡なく重なる。現実の世界を見ながらも、想像の世界へ意識がふわりと移動して、何が現実で何が夢だったのか判別が難しい。絵本の中にしかいないはずの、ねずみの姿の「ぐりとぐら」が、すぐそばでカステラを焼いている図、というのが普通のこととしてある。
 夢とうつつの間をたゆたう子どもの心が、いつでもすぐに異世界へ飛び立てる場所として、子どものための本がある。三重県四日市市の「メリーゴーランド」は、そんな本の専門店。先日、レクチャー(講演)を依頼されて初めて訪ねたのである。

「メリーゴーランド」のあるビルの壁画

「メリーゴーランド」のあるビルの壁画

 絵本作家のあべ弘士さんと子どもたちが白いビルの壁に描いたにぎやかな壁画が目を引く。店内にぎっしりと並んだカラフルな絵本の上段に、子どもたちが思い思いに描いた桜の絵が飾ってあり、床にはどんと丸テーブルが置いてある。店の中全体に夢とうつつが混在しているかのよう。この店の2階に広いイベントスペースがあり、今回のようなレクチャーや、絵画や少林寺拳法などの教室として使われている。
 なんだかお寺のようだ、とふと思う。子どもの時に住んでいた福岡で、お寺の広い部屋で、絵を習っていたことがあるのだ。別の日は柔道や剣道をやっていた。寺が自然と街の集会所的な役割を果たしていたのだ。ここでは、子どもたちが習い事をしている間、本屋の場合は待っている親が本をじっくり選べる。なかなかいい組み合わせである。
 

絵本と子どもの絵が飾られた店内

絵本と子どもの絵が飾られた店内

 イベントスペースを持ち、常時イベントができる書店は、全国で増えている。40年以上前からイベントのできる本屋さんとして続いてきた「メリーゴーランド」は、その先駆けといえる。今は周りにビルなども建っているが、当時は、見渡す限り田園だったという。
 レクチャーでは、私が長年関わっている短歌、そして並行して取り組んできた子ども用の本のテキストや語りの話などをした。また、参加者に出してもらった言葉から、即興の物語を語った。一つの言葉が含むイメージを脳内で広げ、それを即時に言葉にしていく。

イベントスペースでのレクチャー風景(撮影:黒田昌志)

イベントスペースでのレクチャー風景(撮影:黒田昌志)

 今語り継がれている昔話も、最初は、誰かの脳内に浮かんだ世界を言葉に変えて伝えたのだ。今目の前にある風景と、記憶の中にある風景、そして誰かが語り伝えた風景が混然一体となって言葉となる。一気に記憶がよみがえる様を走馬灯になぞらえるが、「メリーゴーランド」という乗り物も、よみがえる記憶を表すのにふさわしい。
 即興で語る言葉は、文字を介さない。直接体が音として奏でる。普段の会話も同じことで、文字を介さずに直接声として届けているのだ。ところが最近、声として言葉を届ける機会が極端に減ってきている。メールやLINE(ライン)など、電話機の機能が進化するに従って、気付くと音声で会話することもだんだんしなくなっていている。
 若い時は、親しい友達ととりとめもなく長電話をして親に叱られたりしたものだったが、今の若者たちはそれほど長電話をしない、と聞く。もしかすると、言葉を声にする機会を、意識してつくらなければならない時代、なのかもしれない。

からっぽの胸に雷あらわれて過去の言葉を刹那てらした
                    東 直子

                 (歌人・作家)

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