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言ノ葉ノ箱
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三崎に住む

2013/10/1

 東京の海沿いの街を縫うように走る京浜急行は、神奈川県の三浦市へとつながる。作家のいしいしんじさんは、いつも使っているこの電車の終点まで行ってみたくなり、その三崎口の駅に、ある日降り立ったのだという。三崎港近くの夕暮れの下町まで下りていくと、4歳くらいからこの町のことを知っているような気がしたという。

三崎港と海鳥

三崎港と海鳥

 その後いしいさんは、この三崎に移り住んで10年、魚を食べ、海にもぐり、地元の人と親戚のような対話をしながら小説を書いた。今は京都に住むいしいさんだが、この9月最後の週末には、いしいさんが住んでいたことを記念した「三崎いしいしんじ祭」が開かれた。近年いしいさんがいろいろな場所で開催している「その場小説」(即興で小説を書き、読み上げるイベント)や、作家の戌井昭人さん率いる鉄割アルバトロスケットのパフォーマンスなどが行われる予定である。
 私は、今年3月の文芸フェスティバルでいしいさんにお会いしたときにこの祭りのことを教えていただき、その場にいた作家の朝吹真理子さん、翻訳家の都甲幸治さんとともに、イベントの一つのトークショーに参加することになった。
 9月のはじめ、この祭りの下見をかねて、私は三崎を初めて訪ねた。品川から京浜急行に乗り、1時間余りで三崎口に着いた。そこからバスで海まで下りていくと三崎の港町に着く。マグロ漁港として栄えた三崎港の周りには、マグロ料理を看板に掲げた店が立ち並び、潮と海の生き物の匂いがほんわりと満ち、海鳥の鳴き声が響いていた。いしいさんの案内で食べた地魚の数々のおいしさに驚嘆しつつ、地元の魚屋の名物主人などなど、おもしろい方々の武勇伝に目を丸くしながら、三崎の夜を堪能したのだった。
 翌朝はあいにく雨が降っていたが、雨が降っても海鳥は悠々と空を旋回し、海では船がゆっくりと移動していた。「白秋」と船体に書かれた小船がある。三崎の目の前に浮かぶ城ケ島を渡す船で、三崎に住み、「城ケ島の雨」という歌の作詞をするなど、ここに深い縁のあった北原白秋の名を、船の名前として刻んでいるのだ。
 白秋が三崎に住んだのは、大正2(1913)年、28歳のときである。前年、白秋は隣家の松下俊子との恋愛により、俊子の夫から姦通罪で告訴されて大きな痛手を受けた。事件を乗り越え、晴れて俊子と夫婦となって移り住んだのが、この三崎だったのだ。
 翌年には、俊子と別れ、東京に戻ることになるが、大正4(1915)年に出版された『雲母集』には、三崎で詠まれた歌が収められている。

深々と人間笑ふ声すなり谷一面の白百合の花               北原白秋

寂しさに海を覗けばあはれあはれ章魚(たこ)逃げてゆく真昼の光 同

石崖に子ども七人腰かけて河豚を釣り居り夕焼け小焼け             同

 明るい光とほのかなユーモアの漂う歌である。海をめぐる自然のおおらかさに触れ、景色の中に心を溶かしている。こののち制作される、たくさんの子どもに愛された童謡の基盤は、ここで培われたのだろう。
(歌人・作家)

この記事に対するコメント
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  • shinkyoku88 2014/3/26 17:27

    前に島、ここは川だと、言う老人
    江戸か明治か、聴く冬の旅

    遠洋に出て行く、三崎の岸壁、ここは向こうとつながっていたらしい。
    そう、聞いた。
    ただ、真ん中あたりに、川が流れていたと言う。
    今が、幻想につつまれた、うれしい訪問だった。

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