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言ノ葉ノ箱
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遠野の声

2013/8/28

 20年ほど前に東京都八王子市に住んでいたころ、地元の「お話の会」に入って、語りを勉強したことがある。日本の昔話やグリム童話やロシアの昔話などを覚えて、幼稚園から小学生くらいの子どもたちのために語りをした。
 子どもたちには、絨毯(じゅうたん)や畳の床に直接座ってもらって部屋を少し暗くし、ろうそく1本に火をつけ、「これからお話の時間ですよ」と特別な時間であることを伝えてお話をはじめた。長い長い時間語りつがれてきた、やわらかな口調の奇想天外な物語は、繰り返しのリズムなど言葉の味わいも深く、何度語っても、聞いても、実に楽しかった。              
 日本の伝承文学といえば、最も有名なのが柳田国男が記した「遠野物語」だろう。今年の夏、その舞台である岩手県遠野市に赴いた。北上山地の南に位置し、早地峰(はやちね)、六角牛(ろっこうし)、石上(いしがみ)の遠野三山に囲まれた盆地で、見わたすかぎり高い建物が一つもなく、田畑と木々と平屋が穏やかに共存している。この静かな山里のどこかの屋根の下で、カッパや座敷わらしや雪おんなやおしらさまの伝説が語り継がれてきたのかと思うと、うつくしい山の緑の色が、生き生きと迫ってくる。

遠野の里

遠野の里

 「遠野物語」の初版は、明治43(1910)年。序文に「この話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり」とあるように、遠野出身の小説家で民俗学者の佐々木鏡石(本名佐々木喜善)より聞き書きした話を元に書かれた。
 その25年後の昭和10(1935)年に、拾遺の話を加え、柳田の再版覚書と折口(おりくち)信夫(しのぶ)の解説付きで再版された。折口は、「遠野物語」などに感銘を受け、柳田の高弟となった民俗学者である。解説の中で遠野のことを「この豊けさと共に心は澄みわたるものの声を聞く。それは早池峯おろしの微風に乗るそよめきのようでもある」と書いている。
 また折口は、釈迢空(しゃくちょうくう)の筆名で、独自の短歌作品を残している。

 歳深き山の
    かそけさ。
   人をりて、まれにもの言ふ
  声きこえつゝ
             釈迢空

 山に響く魂の声をひたひたと感じる。多行書きや句読点、文字間等を利用した独特の記述方法は、短歌を読み下すときの間合いを示すための楽譜のような役割を課しているという。柳田の元で口承文芸を学びつつ短歌を創作した迢空にとって、短歌を記述することは、その声の様子も書き記すことだったのだ。

曲り家(遠野ふるさと村)

曲り家(遠野ふるさと村)

 今年4月にリニューアルオープンされた「とおの物語の館」では、毎日語り部が「むかしあったずもな」で始まる、昔話を披露してくれる。この土地の言葉と抑揚で練られた声が耳に直接響く心地よさが堪能できる。風の吹きすさぶ自然の厳しさや奥深さ、命の喜びや哀しみ、おかしみが、声の雨となって降り注ぐ。


 馬と人とが同じ屋根の下で暮らすために作られた、この地方独特の「曲り家」が移築されている伝承園のそばに「カッパ淵」があり、竹の釣りざおがたてかけてあった。糸の先にはカッパの好物のきゅうりが釣り下げられ、遠野のカッパが現れるのを待ち続けていた。

(歌人・作家)

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