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言ノ葉ノ箱
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そぞろ歩く漱石

2016/10/31

 先日、早稲田大学の短詩型の演習の授業で吟行会をした。秋の真昼、近所をそぞろ歩いて俳句を詠むのである。ちょうどNHKで「夏目漱石の妻」というドラマを放送していたこともあり、大学近くの漱石公園に行ってみることにした。
 夏目漱石は、現在の新宿区喜久井町で生まれ、松山、熊本、イギリスと、仕事でダイナミックに移動したのち、千駄木や駒込を経て、漱石公園のある早稲田南町の家を借りて住んだのである。傾斜地あったこの家を「漱石山房」と呼び、胃潰瘍で亡くなるまで暮らした。「夢十夜」「門」「こゝろ」など、今も読み継がれている名作は、ここで生み出されたのである。
 

漱石公園の芭蕉の木

漱石公園の芭蕉の木

 ドラマの後半でも、この家で起こる様々なエピソードが展開されていた。長谷川博己さん演じる気難しい漱石が苦い表情で眺める庭に芭蕉(ばしょう)の木が映っていたが、公園にも芭蕉の木がある。実際に庭に植えられていたのだ。友人である正岡子規と共に熱心に取り組んでいた俳句への想(おも)いを込めて、俳聖と呼ばれた松尾芭蕉にちなんだのだろうか。
 公園の奥には、平たい石を何枚も重ねた「猫塚」がある。漱石の初めての小説「吾輩は猫である」の主人公の猫は、千駄木に住んでいたころにやってきた猫をモデルにしている。人生を好転させるきっかけとなったこの猫を、夏目一家は早稲田の家に連れてきた。その猫が死んだため猫塚を建てた、と思っていたのだが、立て看板によると、漱石の死後、家族が飼っていた犬や猫や小鳥の供養のために建てたものを昭和28年に復元した、とのことである。
 

猫塚

猫塚

 実は現在、公園の大半は、大々的に工事中である。来年の秋には、書斎や客間などを再現した漱石の資料館が完成するらしい。生前、毎週木曜日に弟子たちが集まって開いていた文芸サロン「木曜会」の場が再現されるとあって、彼岸で胃痛から開放された漱石の魂が、そわそわと覗(のぞ)いているような気がしてしまう。
 漱石が亡くなった後、鏡子夫人はこの家を買い取って大幅に建て増しし、子どもたちと共に、空襲で焼失してしまうまで住んだという。
 「夏目漱石の妻」では、漱石がイギリス留学後、精神的な病を発症し、家族が大変な思いをしたことが生々しく描かれていた。文豪として崇拝される漱石が、これほどまで率直に描かれた姿は初めて見た気がする。
 名作の裏では、女たちが苦労をしていた。さらには、小説や随筆などの作品でも一方的に描かれて、なんだか鏡子さんが気の毒だなとずっと思っていた。しかし、ドラマの中では、尾野真千子さんが懐が深くてキュートな鏡子さんを生き生きと演じていて、晴れ晴れとした気分になった。
 

吟行の様子

吟行の様子

 漱石公園の周りはゆるやかな坂道に囲まれており、昔ながらの路地の風情が残っている。漱石も、妻も、弟子たち、子どもたち、そして猫たちも、この道をそぞろ歩いたのだと思いつつ、短い詩に込める言葉を皆で練ったのだった。

腸(はらわた)に春滴(したた)るや粥の味 漱石

                 (歌人・作家)

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