趣味・食・遊ぶ

言ノ葉ノ箱
  • この記事にコメントする

千歳の命

2013/7/31

 宮城県の塩釜、という港町を訪ねた。東日本大震災の大津波で甚大な被害にあった町の一つだが、今は何もなかったように、町はしずかに落ち着いている。
 海につながる平地から、だんだん傾きを増してくる坂道を上って、藻塩焼(もしおやき)神事で有名な鹽竈(しおがま)神社を訪ねた。この神社は平安時代初期に建立されたとされる。海を見下ろすように今も立つ社殿は、1685年に第4代仙台藩主の伊達綱村が工事に着手し、その後9年間をかけて完成したそうだ。
 左宮、右宮、別宮の三つの本殿に、二つの拝殿が配置された壮大な造りの美しい社殿で、2002年には国の重要文化財に指定されている。

鹽竈神社に続く参道

鹽竈神社に続く参道

 私が訪ねたのは、6月終わりの夏越大祓(なごしおおはらえ)の日で、夏の間の無病息災を祈る、茅輪(ちのわ)くぐりが行われていた。茅輪は、1回目は左側を、2回目は右側をくぐり、3回目はまっすぐに抜ける、という決まったくぐり方をするのだが、くぐりぬけるときに、次の古歌を唱えながらくぐるように指示されていた。

水無月(みなづき)の夏越しの祓へする人は千歳(ちとせ)の命延(の)ぶといふなり

千早振(ちはやふ)る神の御前(みまえ)に祓ひせば祈れる事の叶(かな)はぬはなし

今日(けふ)くれば朝の立ち枝(え)にゆふかけて夏水無月(なつみなづき)の祓いひをぞする

 大祓の儀式を鼓舞する内容を流麗な韻律で詠んだものだが、健康を願う呪術として和歌が使われているところがおもしろい。
 古来、日本人はうれしいことがあればうれしい気持ちを、悲しいことあれば悲しい気持ちを、誰かを愛する気持ちが生まれたらその愛しい気持ちを、歌にしてきた。歌は、人間が心に抱いた気持ちを言葉で増幅し、つなぎ留める器だった。そして大祓のように、健康を祈るためにも使われてきたのだ。
 境内には、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた宮参りの家族が何組も参拝に来ていて、赤ちゃんを抱っこしたまま茅輪くぐりをしていた。まだ言葉を知らない赤ん坊のために、親、または祖父母が祈りの言葉をつぶやくのだろう。

鹽竈神社の狛犬

鹽竈神社の狛犬

 それにしても「千歳の命」とは、ずいぶん大きく出たものだ、と思う。「千」は、数えきれないくらいたくさんの数の意味でも使われるので、この歌では、永遠に思えるような長い年月、という意味で置かれているのだろう。
 境内の要所に置かれた石の狛犬(こまいぬ)は、いつからここにいるのか、降り積もった歳月に形が変化しているようだが、なんとも味わい深く愛嬌(あいきょう)のある顔をしている。普通の狛犬よりも少し大きな目をしているのが特徴で、その苔(こけ)むした頭を、ふとなでてみたくなる。

御神木杉

御神木杉


 今年の6月に亡くなった木村次郎右衛門さんの享年は116歳。年齢が確かに確認できる人の中では、木村さんの他に男性で116歳を迎えた人はいないのだという。「千歳の命」にはほど遠い。
  「人間の命は、はかないねえ」
 推定樹齢800年のご神木の大杉が、注連縄(しめなわ)をその腰にしめてそびえ立っていた。

(歌人・作家)

この記事に対するコメント
一覧

  • コメントはありません

  • この記事にコメントするへ
  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

記事一覧

 あなたにおすすめの記事