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言ノ葉ノ箱
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坂の上の記憶

2013/6/24

 東京の千駄木に「記憶の蔵」と名付けられた建物がある。関東大震災以前から立っている古い蔵で、長い間倉庫として使われていたが、1990年代に内部を整えて、映画上映などのイベントや、地域資料の保存のためのスペースとして使われている。先日、同じ千駄木にある往来堂書店の世話により、歌人で小説家の雪舟えまさんとの朗読のイベントを、この建物ですることができた。

「記憶の蔵」外観

「記憶の蔵」外観

 「記憶の蔵」は、千駄木の駅から団子坂を上った先にある。坂の途中に、森鴎外が歌人や文人を集めて観潮楼歌会を行った自宅の跡地があり、昨秋完成したばかりの森鴎外記念館が立っている。「観潮楼」という名は、当時の家の2階から海が見えたためである。記念館の2階に上ってみたが、さまざまな建物に囲まれた現在は、残念ながら海は見えない。

ちりぼへる文の上ゆく小鼠を寝たるふりしてしばしまもりぬ   森鴎外

森鴎外記念館

森鴎外記念館

 教養にあふれ、論争好きな鴎外が、その心のうちにある小さきものに寄せる、ささやかながら確かな愛情を、短歌という小さな言葉の器にそっと書き留めたようで興味深い作品である。歌会では、日常会話で伝えることは難しい人の心を知ることがある。鴎外も、観潮楼歌会で知る文学仲間の心を、おもしろく感じていたのではないだろうか。
 谷中、根津、千駄木界隈(かいわい)は、「谷根千(やねせん)」と呼ばれ、昔ながらの人々の暮らしの中に、独自の文化が根付いている。夏目漱石や高村光太郎夫妻、久保田万太郎、そしてこの団子坂を舞台にした「D坂の殺人事件」を書いた江戸川乱歩ら、文人が入れ替わり住み、作品を残したことも、その味わいを深めている。
 しだいに汗がにじむ長いその坂を上っていると、テクノロジーにまみれた日常の鎧(よろい)が少しずつとけはじめ、自分が生まれ育った懐かしい時間の中へと戻っていっているような気がした。

「記憶の蔵」への通路

「記憶の蔵」への通路

 団子坂のもっとも高いあたりで細い路地へと曲がり、住宅地を縫っていくと「記憶の蔵」のある場所にたどり着く。そこからさらに人がひとりやっと通れるほどの細い通路の先に入り口がある。通路には、淡い紫色の紫陽花が咲き、人が移動するための最小限のスペースをしずかに彩っていた。
 今回のイベントは、雪舟さんの2冊目の小説「バージンパンケーキ国分寺」(早川書房)を記念してのもの。エッセーの中で思いつくまままに列記した架空の店名の一つを、小説として膨らませたのだという。くもりの日だけに営業するパンケーキ屋を舞台に、喪失感を抱える女性たちの不思議であたたかな世界が胸にしみる。
 雪舟さんが北海道から上京してきた10年以上前から、私はその短歌に親しんできた。怖さと明るさを兼ね備えた独特の感覚に、最近では、やさしさや柔らかさ、ユーモアまじりの母性的な感覚が加わってきたように思う。短歌の背後に、切なくて明るい物語の広がりがある。

ホットケーキ持たせて夫送りだすホットケーキは涙が拭ける   雪舟えま

(歌人・作家)

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