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言ノ葉ノ箱
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龍馬のいた町

2016/12/26

 11月の終わりに高知県に行った。東京から飛行機で向かったのだが、高知の空港は、地元出身の坂本龍馬の名を冠して、高知龍馬空港と呼ばれている。南国土佐という言葉通り、11月だというのに昼間は日差しが強く、汗ばむほどだった。
 私は今回、この龍馬が育った町にある土佐高校で、大学の模擬講義をするために向かったのである。これから大学に入学する高校生に大学の授業を体験してもらう企画で、実際に大学で使ったレジュメをアレンジして用い、短歌をはじめとする文芸技法について、演習を交えながら一時間あまり語った。男子生徒がやや多い学校だったが、非常に活発で、授業を楽しんでもらえたのはうれしいことだった。

ひろめ市場

ひろめ市場

 無事に講義を終え、夜は同行者とともに「ひろめ市場」と呼ばれる商店街へ出かけた。生鮮食品や総菜、土産物店や衣料品など、さまざまな商品が軒を並べる、少し懐かしい雰囲気の商店街の中に、たくさんの机と椅子が設置してあり、自由に食事やお酒を楽しむことができるようになっている。
 夕方早めの時間から、地元の人と観光客でごったがえし、活気にあふれていた。オープンな空間なのでおのずと相席になるが、初めて出会った人同士も気さくに話をする。開放的な人柄が多いのも南国土佐ならでは。
 私はここで新鮮な艶(つや)を見せるカツオのたたきを塩でいただいた。少しねっとりとした感触と、甘味を伴う深いうま味を粗塩が引き立て、うっとりするような味わいだった。

夜の路面電車

夜の路面電車

 すっかり愉快な気分でひろめ市場を出ると、街中を走る一両の路面電車が街をゆきかっていた。先頭部分には、行き先を告げる電光掲示板の文字が光っている。「ごめん」というのは、後免町のことである。「いの」と書かれた電車もある。伊野という名前の街に向かうのだ。この二つの電車がすれ違うとき、胸が高鳴る。「ごめん」と言いながらやってくる車両に、「いの(いーの)」と答えているような気がするのだ。高知は、「ごめん」「いいの」、「ごめん」「いいの」が、一日に何度も交わされる街なのだ。こんなふうにいろんなことを許し合えたら、どんなにいいだろう。
 この日の夜はあいにく細かい雨が降っていたのだが、霧雨に滲(にじ)む光が、かえって切実な願いを象徴しているような気がしてならなかった。

うろこ雲とことこながれ南国市後免(なんこくしごめん)を路面電車ゆくなり
                   小島ゆかり

 昭和時代に育った私たちには、路面電車のある風景ののどかさはとても懐かしく、無条件で心いやされてしまうのだった。
 

龍馬像の高さから見た海

龍馬像の高さから見た海

 翌日はよく晴れたので、桂浜まで足を延ばした。太平洋を望む浜には、坂本龍馬の巨大な銅像がある。この日は、銅像の龍馬の目線から海を見るための櫓(やぐら)が建てられていて、早速上った。海風に揺れる松の葉の向こうに、青く、どこまでも澄んだ海が見える。
 龍馬の夢見た未来の時間を、私たちは今生きている。果たして彼が思い描いた世界は、こんなふうだっただろうか。
                 (歌人・作家)

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