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言ノ葉ノ箱
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美しい暮し

2017/2/27

 子どもの頃、学習系の雑誌と少女漫画誌を毎月1冊ずつ買って読んでいた。それらの本を隅々まで読みつつも、親が買ってきた雑誌を読むのも好きだった。父の買ってくる週刊誌は怖すぎるので、母の雑誌をよく読んでいた。
 「ミセス」とか「家庭画報」のような分厚くて重い冊子をよいしょっと持ち上げて、つるつるした紙にさわるのはおもしろかったが、何度も中を開いて楽しんだのは、「暮しの手帖」である。
 手書き文字の見出しがあたたかく、ハンバーグやビーフストロガノフなどの、懐かしい色合いの料理の写真を飽かず眺めたものだった。物心ついた頃から手芸が好きだったので、針仕事的なことが書いてあるページには純粋にときめいた。
 「暮しの手帖」には最初、「美しい」という形容詞がついていたが、その精神は、今もずっと受け継がれているように思う。
 

世田谷美術館

世田谷美術館

 この「暮しの手帖」の名編集長だった花森安治の特別展「花森安治の仕事―デザインする手、編集長の眼」が、東京の世田谷美術館で始まった。最寄りの用賀駅から住宅街をバスに揺られてやってきたその場所は、広大な砧(きぬた)公園の中にあって、とてものどか。忙しすぎる人生の中で、ふと立ち止まってなにかを考えるのにふさわしい場所だと思う。

美術館より砧公園を望む

美術館より砧公園を望む

 展示は、花森の青年時代の資料からはじまり、戦争に関わった時代、敗戦後の雑誌の立ち上げ、そしてその後のデザイン、企画、テキスト執筆、商品テストなど、マルチな才能を発揮した時代を、彼の残したたくさんの絵や写真、言葉とともに感じることができた。
 鮮やかながら心落ち着く花森の絵は、少しも古びることなく、今も新鮮でかわいい。この世界が明るく、健やかで、愛すべき場所であってほしいという願いが込められているような気がする。「暮しの手帖」に掲載するために描かれた表紙絵や挿画が、いろいろなグッズに転用されていたが、どれもかわいらしく、使っているだけで気分が高まりそうだ。
 

花森安治グッズ

花森安治グッズ

 花森は、「いくつにもたたまれ、しわだらけになり、手あかにまみれた千円札、あれをじっとみていると、これをたたんだりのばしたりしてきた、大ぜいの人の指が、目にうかんできます。たのしそうな笑い声や、身を切られるようなため息が、きこえてきます。うすぐらい灯の下で煮えている食べもののにおい、青空にひろがってゆく石けんのにおい、がにおってきます。/<暮し>という言葉には、そんなふうな、あたたかさ、せつなさがこめられています」と書いている。昭和38年9月に出版された号である。彼の考える「美しい」とは、こんな実直さを指すのかと思う。
 焼け跡から立ち上がる決意を描いた「見よぼくら一銭五厘の旗」という詩の中では、終戦の夜のことを「どの家も どの建物も/つけられるだけの電灯をつけていた/それが 焼け跡をとおして/一面にちりばめられていた」と記している。いつ来るか分からない空襲におびえ続けた真っ暗な夜から解放された目に映った光。その喜び。今、何も気にすることなく夜の電灯をつけられる幸せを、あらためてかみしめずにはいられない。

死ななかったわたしたちが一目一目つなげた旗が時をはばたく
                    東 直子

                 (歌人・作家)

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