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言ノ葉ノ箱
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舞台の響き

2013/4/23

 以前私が書いた小説「とりつくしま」が俳優座によって舞台化された。13日に初日を迎え、24日まで三軒茶屋のシアタートラムでの上演が続く。一人きりの部屋でこつこつとキーボードを叩(たた)いて綴(つづ)った言葉が、俳優の肉体を通して発せられ、たくさんの観客に降り注がれる空間にいると、なんとも不思議な心地になった。一人称で書いていたため、多くは名前もなかった「私」に、名前がつき、肉体を与えられ、3次元の世界で生き生きと動きだした。この人物は、こんな顔をして、こんな服を着て、こんな話しかたをして、こんなふうに笑い、こんなふうに悲しい顔をするのかと、妙に新鮮だった。

舞台「とりつくしま」(撮影・田中亜紀)

舞台「とりつくしま」(撮影・田中亜紀)

 舞台化のきっかけは、俳優座所属の演出家の眞鍋卓嗣さんが、私の小説を読んで舞台化したいと直接申し出てくださったことである。舞台化するにあたり具体的に構想を練っていて、身体的なアプローチを工夫することを思いついたそうだ。
 眞鍋さんが演出した舞台は、抽象性の高い可動式の装置が使われ、小道具も含めたそれらを、役者たちが黒子的な存在となって入れ代わり立ち代わり、パフォーマンスとして動かす。生活音や声が混然一体となった音響効果と相まって、舞台全体が流動体のようだった。
 声と音楽、物がたてる音。強い光、淡い光、そして闇。舞台化するという話を聞いたときは、役者が動く姿を脳内で映像として浮かべていたが、舞台を見るということは、その時空間を共有し、体験することなのだ。

東急世田谷線の線路・車両

東急世田谷線の線路・車両

 舞台が始まってから、毎日三軒茶屋に通っているのだが、行き帰りに東急世田谷線を利用する。この路線は、京王線と東急田園都市線を繋(つな)ぐ2両編成のローカル線で、東京ではめずらしくなった路面電車形式である。黄色や緑やピンクなどのカラフルな車体が住宅地の隙間をのんびりと往復している。
 広島市に住んでいた中学生のころ、こんな路面電車によく乗ったことを思い出した。そういえば宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」で、海の上を越えて死の国へと向かう電車も、車両が2両の路面電車の姿だった。
  「とりつくしま」は、死んでしまった人が、命を持たないモノを「とりつくしま」として、もう一度だけこの世に戻ってくる、という物語である。誰かの死を具体的に考えるということは、自分が今生きていることの偶然を痛感することでもあった。

劇場案内

劇場案内

 今回の舞台化を記念して、ネットで「とりつくしま短歌」を募集した。死者の魂がとりついたモノになったつもりで短歌を詠むのである。とりついたモノも明記してもらう形での応募作は九〇八首にのぼった。

試し書きするとき書いていた名前変わったんだね弾むペン先
                    (ボールペン) 岬

 「試し書き」という無意識の行為に現れる心とそれを見守る親心に着目した歌である。この短い言葉の奥にある物語が豊かに広がる。この他にも、ホイッスルや自動販売機やカーテンや棺(ひつぎ)など、さまざまなモノにとりついた複雑な心模様が味わえる短歌が多数あり、舞台上で使われた私の短歌と響き合った気がした。
(歌人・作家)

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