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こぼれゆく花
4月の大学は、入学したて、進級したての学生の前向きな空気が満ちていてにぎやかである。そのにぎやかさを、春の花々がかきたてる。中でもやはり、桜は特別な花だと思う。
今授業で使っている大教室の一番後ろが大きなガラス窓になっている。初日の授業では、そのガラスのむこうで淡い色の花びらが雪のようにはらはらと散って、一年がはじまることを華やかに演出してくれたようだった。私の任期はあと1年なので、教壇からあの散る桜を眺めるのもおそらくこれが最後になるだろう。
4月の最初の日曜日に、東京都文京区にある六義(りくぎ)園を訪ねた。元は川越藩主だった柳沢吉保が元禄時代に築園した大名庭園だったのだが、明治になってから三菱財閥の創業者である岩崎弥太郎の別邸となったという。しずかな水をたたえる池に、こんもりとした島が見える。この島には「妹背(いもせ)山」と呼ばれる築山があり、こんな和歌が添えられている。
いもせ山中に生たる玉ざゝの一夜のへだてさもぞ露けき
やわらかな韻律が奏でる言葉が独特の官能を帯びる一首。女性を示す「妹」と、男性を示す「背」が一体化したこの山は、男女の間柄を表現しているのだそうだ。和歌山県の和歌の浦に浮かぶ小島の「妹背山」をモデルにしている。遠い海の姿を、庭の中にミニチュアとして置いて楽しんでいるわけである。
この六義園には、1本の巨大なしだれ桜がある。門を抜けてすぐに、訪問者を厳かに出迎えている。幅17メートル、高さ13メートルの圧倒的な存在感。この立派な桜を、かの岩崎弥太郎も眺めたのだろうと思ったのだが、戦後に植えられたものらしく、明治半ばに亡くなった彼は、目にしてはいないようだ。
この日はまだ完全な満開ではなかったが、薄紅色の華麗な滝が、水色の空からなだれ落ちてきているようであった。花に近づいて一つ一つをよく見ると、つくづく薄くて小さな、はかない花びらの可憐(かれん)な一花だと思う。遠くから見ると派手で豪快だが、近づくとこころもとない様子を見せる。スターの存在感に似ている、と思う。
幾そたびふり仰ぎしかひとひらが散りそめてよりわれの桜ぞ
稲葉京子
蕾(つぼみ)が膨らみ、花が開き、満開になり、そして、散る姿も含めて桜という花は完成する。桜が散り始めて、目の前に花びらがすっと流れてくることで桜の存在を知ることもある。満開になるときには、すでに花の滅びの時間へと向かっている。
ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
上田三四二
光りながら散っていく大量の桜の花びら。水の上にみっしりとうかぶ桜の舟は、花が終わったことの証しだが、別の世界へ皆で流れていくような、新鮮な祝祭感にみちている。
(歌人・作家)
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