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言ノ葉ノ箱
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震災と短歌

2013/2/27

 東日本大震災からまもなく二年になる。先日、NHK教育テレビの「ハートネットTV」の「震災を詠む2013」という企画に参加した。東北の被災者をはじめとする全国から千首あまりの投稿歌が集まり、歌人の佐藤通雅さんと短歌の選にあたった。

仙台市の夜明け

仙台市の夜明け

 佐藤さんは、この震災を詠む企画のことで最初から尽力され、一昨年放送された番組でも永田紅さんとともに選者として出演している。そのとき放送された作品は、作者への丁寧な取材とともに『ドキュメント震災三十一文字みそひともじ』(NHK出版)という本にまとめられている。
 この本の中で佐藤さんは、震災を題材にした短歌作品には、「これまでとはちがうなにかがあった」と書く。「膨大な喪失をまえに、なんとかして生の証を記したい、たまたま生の側に踏みとどまったものとして、犠牲者の無念に寄り添いたい、亡き家族、知人をうたうことによって魂を鎮めてやりたい」という「やむにやまれぬ思いに突き動かされて」歌が生まれたのだと考察する。その一例として、高校生の作った一首。

死に顔を「気持ち悪い」と思ったよごめんじいちゃんひどい孫だね

                          畠山海香    

 震災直後に津波で亡くなった「じいちゃん」は、避難先の親戚の部屋に安置され、一ヶ月ちかく経ってからようやく荼毘に付されたという。作者の畠山さんは、気分を害するのではないかと心配になったが、他にうまい言葉が出なかったそうだ。毎日一緒に暮らしていた、大好きな「じいちゃん」に一瞬感じてしまった自分の心の動きに自分で戸惑った瞬間が率直に表現され、胸を打つ短歌である。きれいごとでは済まされない壮絶な現実の中で揺れ動く心が、短歌という器を得てやっと言葉にすることにできたのだろう。

無事でいた家族を抱きしめ涙するまたおかえりと聞ける喜び

                          佐藤 舞

 この歌は、今年応募してくれた高校一年生の作品である。震災の前と後では、日常なにげなく口にしていた「おかえり」という言葉の意味合いが変わった。昨日と同じような今日を迎え、明日も続いていくと信じていた日常が突然断絶してしまう、喪失の残酷さを生々しく感じたあとでは、「おかえり」と言えること、普通に生きていることが奇跡的なことなのだと痛感した。震災当時は不安な気持ちが勝っていたが、やっと喜びを言葉にすることができるようになったのだと思う。

 津波を被った地域や原発事故による避難地域など、多くの課題を抱えたまま復興が進まない地域がまだ多くある。現実を見つめ、これからを生きていくために、短歌が心の助けになっていると思える作品にも出会えた。

泥水を含みて指で歯をみがく生きねばならぬ素手で雪喰う

                          後藤善之

絵馬と梅

絵馬と梅

お礼参りの札も見える

お礼参りの札も見える

 雪のちらつく仙台での収録を終えて東京に戻ってきた。湯島天神の梅が、人々の願いの詰まった絵馬のそばで今年の蕾をほどきはじめていた。

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