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言ノ葉ノ箱
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海の学校

2017/5/30

 連休を利用して久しぶりに仙台を訪ねた。明るい光を浴びながら、6年前の東日本大震災で壊滅的な被害を受けた荒浜へ足を延ばした。
 今も更地のままとなっている中に、ぽつんと建つ4階建ての四角い建物が目を引く。仙台市立荒浜小学校の校舎である。震災の日、学校の2階まで津波が押し寄せる中、320人の児童や教職員、住民が、この建物に避難したという。
 小学校は昨年3月末に閉校になり、残された建物は震災遺構として、今年の4月より一般に公開されている。カラフルなハート模様がちりばめられた横断幕に「ありがとう荒浜小学校」という文字が見え、閉校となった日付が記されている。ある日突然母校が使えなくなった子どもたちが、惜別の想(おも)いを込めて書いたのだろう。

荒浜小学校

荒浜小学校

 1年生で入学した子どもたちが6年生として卒業するほどの時間があれから流れたが、震災遺構となった小学校の1階部分は、壁紙がはがれ、ロッカーがゆがみ、津波におそわれた当時の痕跡が残されている。
 津波を免れた4階部分は展示室となっていて、荒浜小学校の歴史や、震災についてのさまざまな資料を無料で見ることができる。屋上に上ることもでき、海へと続く広々とした景色を眺められる。荒浜小学校でかつて学んでいた子どもたちも、ここで日常的に風に吹かれていたことだろう。あの日夜を明かした人も、ここから朝日を見たのだろうか。
 屋上から見える荒浜の海岸では、震災により多数の犠牲者が出た。かつては美しい海に臨む海水浴場があり、夏場はたくさんの人で賑(にぎ)わっていたのだが、震災以降は近寄ることもできなかった。まだ遊泳禁止のようだが、今年は砂浜に降り立つことができるようになっていた。
 私は震災の前の年の6月にこの海岸を訪れていたので、7年ぶりに会うことのできた海である。かつてと同じ、深い青をたたえた海が、初夏の光を照り返している。

荒浜記憶の鐘

荒浜記憶の鐘

 海のそばには「東日本大震災慰霊之塔」と、慰霊のための観音像が建ち、ここで亡くなられた方々の名前が石碑に刻まれている。また、そのすぐそばに「荒浜記憶の鐘」というオブジェが建てられている。海に向かって両手を広げるように立つ、十字架のようなオブジェに下げられた鐘を鳴らすと、清らかな音色が青い空の下に響いた。 

荒浜海岸

荒浜海岸

 海に襲われた場所から、海に向かって、無言の魂に祈りを捧(ささ)げた。

水の上にうかんだ靴にマジックで書かれた名前きちんと読める

海はこわい家うばわれた少年はそれでも海は好きだと言った

姓名の響き「はい」と立ち上がる卒業生も過去の時間も

 海を見ながら、震災直後に作った自分の歌を思い返していた。あの時、海のそばで暮らした子どもたちのことを、私はずっと考えていた。この海を何度も訪ねよう、そして考え続けよう、と思った。
                 (歌人・作家)

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