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時をこえる灯
10月の初日に、「広島県歌人協会」の秋の短歌大会の講師として広島を訪ねた。この連載をまとめた「七つ空、二つ水」(キノブックス)の記念イベントのために、約2年前に訪ねて以来である。
秋晴れの気持ちのよい光に迎えられるように訪ねた会場(広島市西区文化センター)では、まず「短歌の可能性」と題する講演を行った。講演といっても、穴埋め問題や付け句といった演習を交えた内容である。原作のフレーズと共に早稲田大の学生作のものを加えた選択肢を設けると、必ずしも原作が一番人気とはならず、それぞれの感性で言葉と言葉を組み合わせることの妙を楽しんでもらったのだった。
その後、作者名を伏せてプリントされた百五十首ほどの短歌作品の中から、心にとまった作品を中心に講評していった。心のこもった作品が多く、たいへん迷ったのだが、私の選者賞には、次の作品を選んだ。
八時十五分てのひらふたつ重ねたり八月の空こぼさぬように
岩本幸久
広島に原爆が投下されたあの日からすでに70年あまりの年月が流れたが、祈りの気持ちを決して忘れないという決意がやわらかく伝わってくる一首である。日付を省略して投下の時刻を記載することで、過去、現在、そして未来へと通じる普遍性を得ている。
また、次の歌も心に残った。
「かあちゃんを探して」と私のモンペの裾掴みたる子今も離さぬ
切明千枝子
迷子になった子が自分を頼ってモンペを掴(つか)んできた、という場面だろう。「モンペ」とあるので、戦争中だと分かる。広島の人が書いた歌なので、原爆投下後のエピソードなのかと思った。「今も離さぬ」というのは、その後もその子との繋(つな)がりが今もしっかりとある、という意味なのか、その子がしっかりと掴んできたその感触を忘れることができない、ということなのか迷ったが、いずれにしても切実な気持ちが伝わる。
歌会後、作者と話す機会があり、歌の背景をお聞きすると、やはり原爆投下後の広島で経験したことだということだった。見ず知らずの幼い子どもが、自分のモンペの裾を握って、かあちゃんはどこにいるの、かあちゃんを探してと、15歳の女学生だった作者を頼ってきたのだそうだ。その後どうされたのですか、と尋ねると、ふっと悲しそうな顔で「逃げたんです」と一言おっしゃって、涙ぐまれた。先ほどの歌の読みは、後者の方だった。
「逃げたんです」という言葉を選ばなくてはならなかった15歳の心、そして88歳になった今でも忘れることができない、というその事実に、胸が詰まる。自身も大きな不安を抱えた15歳の少女を、誰が責めることができるだろうか。
翌日は細かい雨が降っていたが、広島電鉄に乗って原爆ドームのある平和記念公園を目指した。雨に濡(ぬ)れたドームは、暗い悲しみに充(み)ちているようだったが、多国籍の観光客など、大勢の人が静かに見守っていた。
公園の中の、雨を受けつつ燃える「平和の灯(ともしび)」がやさしく揺れる姿を、忘れない。
(歌人・作家)
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