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言ノ葉ノ箱
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生まれ落ちる時を

2017/11/28

 とある晴れた休日、そうだ、国会議事堂に行ってみよう、と思い立った。東京・千代田区をテーマにした短歌連作を作ってほしいという依頼があったからだ。短歌の商業誌である「短歌研究」という雑誌からの依頼なのだが、昭和8年に斎藤茂吉や北原白秋が参加した「大東京競詠短歌」の現代版を作るという企画で、23区+αの街をいろいろな歌人が詠み合う。私に千代田区が回ってきたのは、6年余り前から、神田に仕事場を持っているからだった。
 確かに神田は千代田区にある。近代の大歌人の企画の再現とあって、それに参加できるのはとても光栄なことだし、興味深い。即座にOKの返事をしたものの、仕事場が千代田区にあるからといって千代田区の歌が自然に浮かんでくる、わけもない。
 千代田区の一番の特徴といえば、皇居があること(区の面積の12パーセントを占めているらしい)、国会議事堂をはじめ政治の中心施設があることだろう。一方、神田には神保町などに古書や楽器の専門店が並んでいる。電気店街から、アニメやゲーム、アイドルなどの独自のカルチャーの発進地にもなっている秋葉原も千代田区にある。江戸時代から受け継がれてきた文化、そして時代が移り変わる中で新たに生まれてきた文化。それらの土壌となっている地なのだな、と思う。
 といったことを考えながら、冒頭の決意に至ったのである。

色づきの違う銀杏

色づきの違う銀杏

 国会議事堂に行くのは簡単だ。いつも使っている地下鉄丸ノ内線に「国会議事堂」という駅がある。ここで降りて地上に上がれば、もうそこにある。
 議事堂前の大きな道路に沿って植えられた銀杏(いちょう)並木が色づき始めていた。ほとんど黄色に染まっている木と、まだ緑を保っている木がある。同じ場所にあるのに紅葉の速度が違うのはどういうわけだろう。樹(き)も、人間と同じように、一本一本外界に対する感受性が違うのだろうか。

国会議事堂

国会議事堂

 議事堂の周りを歩いていると、銀杏が落とした黄色い葉を踏む、何人もの警備の人を見かけた。休日なので、門は固く閉ざされていて静まり返っているが、さすがに終始警戒しているのだろう。
 前日に訪ねた九段下の「昭和館」のことを思い出す。雨の降る靖国通りを仕事場から20分ほど歩いて辿(たど)り着いたその建物は、丸みを帯びたモダンな形をしている。常設展では、昭和初期の簡素な暮らしから、戦時下の悲惨な時代、そして復興へと向かう時代まで、人々の生活を軸にした資料が展示されていた。戦後、12万人以上もいたという戦災孤児たちの姿を捉えた写真や映像を見ながら、彼らがその後どのように生き抜いていったのかを考えずにはいられなかった。

樹には樹のタイミングあり生まれ落ちる時をえらべぬ命としての
                     東直子

昭和館入り口

昭和館入り口

 昭和館には図書室と映像・音響室があり、昭和に関する資料を閲覧、視聴することができる。映画「東京キッド」で敗戦直後の東京を生きる少女を演じた美空ひばりのことを思い出して検索し、「青空天使」というタイトルが目に留まった。再生すると、生き別れになった母を乞う、切ない歌がヘッドホンから流れ出した。
                 (歌人・作家)

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