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痕跡にト書き
東京という街は、いつもどこかが工事中である。30年前に大阪からやってきた時もそう思ったが、ここ数年は、オリンピック開催の影響なのか、工事現場を見かける頻度が増している。
工事のための覆いが取り払われてぴかぴかの真新しい建物が現れると、その前に建っていたはずの古い建物の記憶がすっかり消去されてしまう。新しい建物は洗練されていてすてきだが、長く使われてきた建物には、歳月による得難い味わいがある。
東京の東部に、北千住という街がある。ここに今年、銭湯の入っていた廃虚を利用したアートスペース「BUoY北千住アートセンター」ができた。演劇の上演や映画の上映、現代詩のワークショップなどに利用されている。
先日、「アムリタ 冬の演習 廃虚に佇(たたず)む二編」というイベントに参加するためにここを訪ねた。まず、地下1階の銭湯のあったスペースで45分の映像作品を観(み)た後、2階のカフェのスペースに移動し、白い壁の前で20分ほどの一人芝居を観た。
「から、へ、流れる」は、奈良県宇陀市松山の、築120年の古民家を利用して2年前に上演された演劇作品を、観客も含めて撮影して再構築した映像作品で、そこで暮らしていた人の気配が、俳優たちの放つ言葉の隙間から漂ってくるようだった。スクリーンの背後に、タイルが貼られたままの風呂が鎮座している。ここは男湯だったのか、女湯だったのか。
銭湯という場所は、あらためて考えてみると、ものすごい場所である。ふだんは衣服を身に着けて社会生活を送っている人々が、家族でもない他人の前に、いきなり裸体を晒(さら)す。そんな大胆なことを平気にさせる場所、銭湯。人間を一時的にただの動物に戻させるような妙な力を持っているのだろうか。
住民の多くが利用した時代もあった銭湯も、今は次々と廃業している。ここの銭湯もその典型的な一つなのだろう。
過去の湯気の気配を感じつつ、もっと遠い過去の記憶を含む場所を映した2年前の映像作品を、今、偶然一緒に集まった人々と観ている、ということ。流れていく現在の時間と、すでに取り戻すことのできない、いくつもの時間が交錯してくらくらした。
同時上演された芝居は、「6畳の白い部屋その床面にあなたは水平に横たわる」というタイトルで、実は五七五七七の短歌の形をしている。このイベントのドラマトゥルク(作品と観客の出会いを深化させる専門職)を務める吉田恭大が作った短歌作品を、せりふのテキストとして採用した舞台なのである。短歌はもともと「ト」というタイトルの連作で発表されたもの。「ト」とは、「ト書き」の「ト」なのだそうだ。
六畳の白い部屋。その床面にあなたは水平に横たわる。
吉田恭大
部屋を出てどこかへ向かう。戻るとき人間らしい服を着ている。
〃
こうして短歌を並べると、たしかに動作を指示したト書きとしても読める。しかし、独特の言葉の響きは、説明として置かれたものではなく、しずかな詩としての広がりを期待して選ばれたものであることは明白である。歌の中の「あなた」は、舞台の上の俳優であり、観客の一人であり、すでに終わってしまった時間の何に生きていた一人でもあるのだろう。
(歌人・作家)
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