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雪とこころ
東京に、4年ぶりに大雪が降った。朝から重たげな雲に覆われていたのだが、午前中から少しずつ降り出し、午後には吹雪となり、みるみる積もりはじめた。大雪警報が発令されたため、早めに授業を切り上げて生徒を帰宅させた学校も多かったようだ。
私は、翌日の授業準備のために午後から早稲田大学へ向かったのだが、途中で通りかかった高田馬場駅では、早めの帰宅となったらしい高校生たちが、吹雪の中、傘をさして歩いていた。東京では滅多(めった)に雪が降らない。吹雪に凍えながらも皆どこかうかれていて、胸が高まっているように見えてしまう。
穂村弘さんの初期の代表歌を思い出す。
体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ
穂村 弘
雪が降ってきたことに部屋の中から気付いて「雪だ」と言おうとしたが、体温計をくわえているので、うまく舌が回らずに「ゆひら」になってしまった。体温計をくわえているくらいだから、風邪気味でちょっと熱でもあるのだろう。
「ゆひら」と発言している、おそらく若い女の子の興奮した様子がとてもかわいい。雪が降っていること、少し熱があること、という非日常感が、テンションを高め、ぶっきらぼうな主体の口調も含めて歌全体を甘やかにしている。
雪という素材は、詩歌に独特のロマンを与えてきたように思う。
君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎(りんご)の香のごとくふれ
北原白秋
恋愛関係になった隣家の女性が、早朝に自分の家に帰っていく姿を見守っている。おりしも雪が降っていた。舗道に積もり始めた雪を彼女が踏むと、さくさくと気持ちのよい音が生まれる。すべてが美しく、いとおしく思えて、雪に、林檎の香を放つように降りなさい、と呼びかけている。
有名な歌だが改めて考えてみると、「雪」という物体に対し「林檎の香」という嗅覚で喩(たと)えている点が、とてもユニークである。歌の中の世界では、降りしきる雪からふんわりと林檎の香が充ちてくる。心(しん)から夢見心地になれる。世の中にさまざまな香りがある中で、林檎の香という、ほのかで控えめな香りを選んだところに白秋のセンスの良さを感じる。
景色を塗り替え、人間のつくった乗り物の動きを阻み、社会生活へ圧倒的な力となって迫る雪も、その一粒は、てのひらの上であっという間にとけてなくなってしまう、はかない存在である。
角砂糖角(かど)ほろほろに悲しき日窓硝子唾(つ)もて濡らせしはいつ
山尾悠子
角砂糖の角から白い砂糖がほろほろこぼれ落ちていく様子は、雪の降るイメージにつながる。この歌は、おそらくとても小さかったころの遠い記憶や感覚を詠んだものだろう。
なんとなくこころもとなくて、悲しくて、切ない気分の中で、ふいに硝子を舐(な)めた。そういえば幼児には、硝子も氷も同じようなものに見えて、透明な窓ガラスも舐めたことがあるような気がする。とろりと流れる唾は、心の奥のさびしさが目に見える形で外に現れたようである。
(歌人・作家)
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