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オキナグサの咲く庭に
オキナグサと呼ばれる野草を、歌人の斎藤茂吉の生家の庭で初めて見た。白くて長い綿毛がのびる独特の形が翁(おきな)=おじいさんに似ていることから、その名がついた。白い髭(ひげ)を生やした姿のイメージが強い茂吉に似合う草だと思う。花は薄茶色で、決して派手ではないが、ふわふわした白髭の実と寄り添いあって、独特の味わいを醸し出している。
茂吉の生家は、山形県上山(かみのやま)市金瓶(かなかめ)(生誕当時は南村山郡金瓶村)にある。農業を営んでいた守谷家の三男として生まれ、14歳の時に上京し、東京で医院を経営する親戚の斎藤紀一の家で、婿候補の一人として寄宿した。その後、東京帝国大学の医学部を卒業し、紀一の次女の輝子と結婚。精神科医として医院を受け継ぐ一方で、正岡子規の作品の影響で始めた短歌の創作を続け、近現代短歌にとってなくてはならない存在となっていく。
上山市には、茂吉の作品を顕彰した斎藤茂吉記念館がある。少年茂吉も目にした山々と緑に囲まれた、美しい建物である。今年は開館50周年にあたり、大規模なリニューアル工事が終わったところを訪ねた。
茂吉が生まれた5月の半ばに毎年、斎藤茂吉記念全国大会が開かれている。今年の記念シンポジウム「これからの短歌、記念館・文学館」に歌人の大島史洋さん、雁部貞夫さん、栗木京子さんと共に私も出席した。茂吉から繋(つな)がるアララギ系の歌人、近藤芳美の思想詠についての大島さんの提言を受け、現代の若者の思想詠や、生きる指針として受け継いでいくべき茂吉の歌などについて語りあった。
のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳根(たらちね)の母は死にたまふなり
茂吉の代表作「死にたまふ母」の一連の中の有名な一首。生命力を象徴するようなツバメののどの赤さと、命が消えていった母との対比が強い印象を残す。阿弥陀経の言葉から取った第一歌集のタイトル「赤光(しゃっこう)」をはじめ、茂吉の作品には「赤」が象徴的に使われていることが多い。
赤茄子(あかなす)の腐れてゐたるところより幾程(いくほど)もなき歩みなりけり
あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり
にんげんの赤子を負へる子守居りこの子守はも笑はざりけり
赤茄子(トマト)、一本の道、赤子。いずれの「赤」も、命とその気配が生々しく描かれた歌の中で、深い印象を刻む。
茂吉の生家には、前述の歌に詠まれた生母のいくが息を引き取った藏(くら)が残っている。亡くなったのは、訪ねた時と同じ、五月のこと。ツバメの飛び交う空の下に、あのオキナグサも咲いていたことだろう。
こゑひくき帰還兵のものがたり焚火(たきび)を継がむまへにをはりぬ
多くを語りたがらない帰還兵へ向ける静かな眼差(まなざ)しが感じられる、茂吉晩年の作品。茂吉は一生をかけ、さまざまな面から、命と向きあった生涯だったのだと改めて思う。
(歌人・作家)
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