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言ノ葉ノ箱
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墓と文字

2018/7/30

 なぜ夏は、魂が戻ってくる季節なのだろう。猛暑が続く中、ふとそんなことを思う。あまりに暑いと、身体も頭もうまく動かない。畳の上に寝転がって昼寝でもするのが一番だ、と思ってしまう。
 一年に一度、魂はそんなリラックス状態にある人が多い中に、この世に戻ってくるのだろう。身体はなくなっても、魂はときどき戻ってくる。茄子(なす)やキュウリで見立てた動物の乗り物に乗って。考えてみれば、お盆というものはとても幻想的で、愛らしく、やさしい儀式だと思う。 

雑司ケ谷霊園

雑司ケ谷霊園

 死者の骨の上につやつやと照る石を置き、その魂を多くの人が平等に悼むための墓という場の設定もまた、神秘的でやさしい方法だと思う。暑い夏には、太陽の光で焼けたその墓石につめたい水をたっぷりかける。あの、不思議な涼しさ。

墓石に水をそそげば濡れに濡るいざ歸(かえ)りなむ妻よわが家に
                   窪田章一郎

 この歌では、墓石に水をかけて、亡き妻の魂がみずみずしく蘇(よみがえ)ることを切に願っている。
 8月に発売になる短歌ムック「ねむらない樹」(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))で編集委員をつとめている。その編集会議の前に、歌人5人で雑司ケ谷霊園(東京都豊島区)を訪ねた。湿気が高く、めらめらと熱気のあった日で、広い墓地には、他に人はほとんどいなかった。木々と草と墓石の並ぶその場所は、一瞬、文明が去ったあとの風景のように思えてしまう。
 雑司ケ谷霊園は、明治7年に開設された公立の共同墓地である。現在は東京都が管理している。一般の人々の墓にまじって、文学者ら著名人の墓もある。

夏目漱石の墓

夏目漱石の墓

 その一人、夏目漱石の墓は、土台に「夏目」という名字が横書きで書かれた石に戒名が大書された、立派なものである。
 一方で永井荷風の墓は、質素な普通の墓で、周りを緑の生け垣に囲まれて、ひっそりと目立たぬようにしているかに見える。
 小泉八雲や泉鏡花の墓は、どこか洗練され、モダンなたたずまいである。墓のデザインも、なんとなく故人の個性が投影されているように思う。

泉鏡花の墓

泉鏡花の墓


人の身は消えゆくならひ墓石にこもれるこころ我感(し)らむとす
                   鹿児島寿蔵

 どんな人の「身」も、必ず消える。この歌では、肉体を失ったあとの「こころ」への興味を詠んでいる。「感」という字を当てることで、知識として知るのではなく、感覚としてそれを知りたい、と願う。
 墓標の裏にも大抵なにか文字が書いてある。その人の人生を象徴するようなことが書いてあることもあって、目を凝らしても読みたくなる。年月がたつとだんだん読みづらくなっていくのは、時々この世に戻ってきた魂が文字をなでて、もういいよ、と言いながら消そうとしているのかもしれない。

墓の裏を目を凝らしつつ読む文字のこの世の際のさびしさ淡く
                    東 直子

                 (歌人・作家)

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