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言ノ葉ノ箱
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心踊る法王の街

2018/8/31

 7月末、短歌の友人たちとフランスを訪ねた。主に、初めて訪ねる南仏を巡った。今年の日本の夏は連日猛暑が続いたが、フランスもかなり暑かった。クーラーを設置していない店も多いので、夏といっても普段はこれほどには暑くならないのだろう。異例の暑い街をひたすら歩き回ったのだった。
 ニースの澄んだ海を楽しんだのちに、列車でアビニョンに入った。アビニョンといえば、「♪アビニョンの橋で、踊るよ踊るよ」という歌を思い出す。歌の中に出てくる橋は、正式には「サン・ベネゼ橋」と呼ばれ、建築のきっかけとなった羊飼いの少年ベネゼの名前にちなんでいる。
 14世紀に法王庁がアビニョンにやってきたことを喜んだ街の人々が、サン・ベネゼ橋の上でうかれ騒いだとの伝説から作られた民謡という。実際には歌い踊るには少し狭いので、橋の架かっているローヌ川の川辺で行われたそうだ。

サン・ベネゼ橋

サン・ベネゼ橋

 しかもこの橋、現在は途中までしかない。戦争や川の氾濫で何度も壊れ、17世紀には修復を断念したのだそうだ。歌からなんとなく思い描いていたイメージとは違うが、南仏の夏の日差しを浴びて立つ白いアーチは美しく、誇らしげだった。
 この橋の登場する現代短歌がある。

ここはアヴィニョンの橋にあらねど♩♩♩曇り日のした百合もて通る
                   永井陽子

 今自分が渡ろうとしている橋は、みんなが浮かれて踊るという、あの有名なアヴィニョンの橋ではないけれど、百合の花を持って祭に参加しているような気分で通っていきますよ、という、上機嫌を宣言しているような一首である。「♩♩♩」の部分をどう読むのかは自由だが、私は、あのメロディーを鼻歌のように添えて読む。せっかく本物の橋に来たのだから、永井さんの歌に敬意を示して百合の花を持参すればよかったと思う。
 アビニョンの街は、サン・ベネゼ橋をはじめ、中世の貴重な歴史的建造物が多く残っている。法王のいた法王庁を厳重に守るように高くそびえ立つ城壁が、街を取り囲んでいる。
 塀の内側に一歩入ると、古い建物が並び、一瞬で中世にタイムトリップしたようである。石造りの古い建物をそのまま使って、ホテルや公共施設、レストランや洋品店などが軒を並べていて、そぞろ歩くだけで、とても楽しい。 

演劇のチラシのある街角

演劇のチラシのある街角

 この街では、毎年夏に1カ月ほど演劇祭が開かれているのだが、その最終日近くに滞在することができた。街中のいたる所に演劇のチラシがはためき、街角では宣伝も兼ねたパフォーマンスが行われて、活気に満ちていた。

ローヌ川沿いの観覧車

ローヌ川沿いの観覧車

 川べりにある大きな観覧車では、アビニョンの町並みが空の上から見下ろせる。夜遅くまでなかなか沈まないフランスの長い夏の日差しを、南仏特有のオレンジ色の屋根が明るく照り返していた。この観覧車、操縦するおじさんが気まぐれで、何度も余分に回してくれた。なんてお茶目な観覧車。

歌声は石の窓より放たれてたった一度の時間がひびく
                    東 直子
                 (歌人・作家)

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