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言ノ葉ノ箱
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冬を灯す

2018/12/21

 今年の秋から、立教大学の文学部で演習の授業を担当し、短歌を教えている。立教大学は、明治7(1874)年に前身が設立されたミッション系の学校として大学の中に教会がある。12月に入ると、東京・池袋のキャンパス前の2本のもみの木がクリスマスツリーとして点灯する。いつから植えられているものなのか、レンガ造りの周囲の建物よりも背の高い巨木なので、カラフルな光をまとったそれは、圧倒されるほど華やかである。

立教大学のクリスマスツリー

立教大学のクリスマスツリー

 冬のつめたい夜の空気を照らす光を眺めながら、冬が始まったのだな、と思うと同時に、決して触れられない高さで灯(とも)るその光を、現実以上に遠いもののように感じてしまう。
 
クリスマス・ツリーを飾る灯の窓を旅びとのごとく見てとほるなり
               大野誠夫(のぶお)

 大野誠夫は大正3(1914)年生まれの歌人で、敗戦後の日本の都市の風景を独自の表現方法で詠んだ。この歌は「薔薇(ばら)祭」という、昭和26(1951)年刊行の歌集に収められている一首で、今よりもずっと珍しいもののようにクリスマスツリーを見ていたのではないかと思われる。いつも通る街角にクリスマスツリーを見つけ、まるで旅先にいるようなよそよそしさを感じた、ということだろう。
 その時代から随分時が経(た)ったが、「旅びとのごとく」感じる気分は、共感できる。自分がクリスチャンではないということもあるかと思うが、この時期の電飾を、いつも不思議なものとしてぼんやり眺めてしまう感覚は、「旅びとのごとく」という言葉がしっくりくる。
 大木の電飾を眺めた翌日、「あなんじゅぱす」というバンドのライブのトークゲストとして招かれ、北鎌倉(神奈川県)を訪ねた。

苔むす梅の木

苔むす梅の木

 少し早めに北鎌倉に入り、東慶寺を訪ねた。冬の東慶寺を訪ねたのは初めてだったのだが、境内に一歩入ると、枝に青白い苔(こけ)をびっしりと纏(まと)った梅の木が目に飛び込んできた。一瞬、雪を纏っているかのように見える。枯れ木なのに、苔のおかげで冬に似合う華やかさを放っている。花のかわりの苔。冬の演出として計算されているのだろうか。
 小さな、黄色い莟(つぼみ)に目が留まる。その木にぶら下げられていた札には、「素心蝋梅(そしんろうばい)」と書かれていた。可憐(かれん)な花は、冬空に灯る小さなキャンドルのよう。
 陽(ひ)が落ちてすっかり暗くなってから、ライブは始まった。会場は、古い民家を改装した「喫茶ミンカ」。なつかしい味わいの木造家屋。植物の茂る庭先には、手作りの蝋燭(ろうそく)があたたかな光を灯していた。

素心蝋梅

素心蝋梅

 「あなんじゅぱす」は、谷川俊太郎や入沢康夫らの現代詩にメロディーをつけて活動しているバンドで、この日は、田村隆一の「ぼくの鎌倉八景 夜の江ノ電」という詩集をモチーフに、写真家の田中流の写真と共に「幻灯演奏会」として奏でられた。
 私は、懐かしい言葉とライブの歌声の余韻の中で、ひとときの即興の物語を綴(つづ)ったのだった。

神さまの水に祈りは集まりぬ背にあたたかきひかり香らせ
                   東 直子

                 (歌人・作家)

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