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花とアンモナイト
連休直前の箱根へ、短歌の仲間とともに、箱根湯本へ吟行に出かけた。東京の都市部からも気軽に行ける温泉街として、親子連れや海外からの観光客などでとてもにぎわっている。箱根の山々は、あざやかな新緑が明るい光をまとっていて、目にも気持ちがいい。
川沿いのソメイヨシノの樹は、すでに花びらが散り落ち、かろうじて桜しべが樹に留まっていたが、5月にはすべて落ちてしまうだろう。桜しべが地面に降り積もると、赤い蕊(しべ)の部分が際立つ。
その桜しべを季語として詠んだ俳句がある。
桜蕊ふる教師猫背の調べもの 能村登四郎
桜の樹から桜しべがこぼれて落ちているとき、一人の教師が背を丸めて調べ物をしている。入学のころに満開だった桜も散り、新しいクラスがようやく落ち着くころだろう。授業内容も深まってきて調べるべき物も増える。まだ経験の浅い、若い教師なのかもしれないし、年齢を重ねて猫背になってきた教師が、新入生からの初めての質問に応えようと、一心に調べ物をしているのかもしれない。
「猫背」は、改めるべきものとして指摘されがちだが、この句の場合は決してネガティブな意味だけではないだろう。集中して一生懸命没頭していることを感じ取り、応援する気持ちを添えているように思う。山本健吉が編集した「季寄せ」にも掲載されている。
ソメイヨシノは桜しべになっていたが、八重桜は盛りを迎えていて、山の緑に可憐(かれん)なアクセントとなっていた。「緑」と一口に言っても、常緑樹の深い緑と新緑の黄緑、そしてまだ葉が出ていない樹と、この季節ならではの多様な姿を同時に味わえた。
そんな山々の風景も、夜の露天風呂から眺めると、色を失って黒々と風に揺れる。薄暗い中を、異なる湯舟につかるためにゆっくりと移動する人々の身体が、冬眠を終えて動きはじめた動物のように思えてくる。
長い眠りから立ちあがり湯から湯へ白い身体をぽったり運ぶ 東直子
翌日、箱根登山鉄道の入生田(いりうだ)という駅まで足を伸ばし、「神奈川県立生命の星・地球博物館」を訪ねた。「生命」という概念を、地球という星の誕生から今日の多様な生き物へとつなげて考察する壮大な展示だった。鉱物という無機物しかなかった世界に水が生まれ、有機物である命が生まれる。やがて命がつき、長い年月を経て鉱物になることもある。人間の一生からすると気の遠くなるほど膨大な歳月を経て、鉱物と生命とは繋がり、循環しているのだ。
化石と骨と剝製と模型による命の片鱗(へんりん)を眺めつつ、自分や目の前にいる人が今生きていることが、どんなに奇跡的でかけがえのない瞬間であるのかを考えていた。
アンモナイト重なりあって壁になる絶滅前のお花見のごと 同
(歌人・作家)
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