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言ノ葉ノ箱
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薔薇を感じる

2019/5/31

 5月は一年で最も好きな季節である。今年は、その5月の始まりとともに新しい元号になった。元号の変わり目を挟んだ長い連休中は、天候が不安定な日が多く、私の住んでいる東京の多摩地区では、突然の雷雨とともに雹(ひょう)まで降ってきたこともあり、本当に驚いた。

新宿御苑と高層ビル

新宿御苑と高層ビル

 連休があけると、やっと初夏らしい陽気が訪れた。貴重な5月の空気を満喫するために、新宿御苑(東京都新宿区)に出掛けた。瑞々(みずみず)しい新緑がそよぐ広大な公園は、家族連れなどで賑(にぎ)わっていたが、ボール遊びや飲酒などは禁止されているので、芝生にシートを敷いて、皆のんびりと過ごしている。緑の森の向こうに、特徴的な高層ビルが見えて、新宿のど真ん中にある公園なのだということを思い出させる。
 フランス式の定型庭園の中では、多種多様な薔薇(ばら)が、明るい光を浴びて色とりどりの花弁を開いていた。「アラベスク」「ムーンライト」など、優美な名前を持つものもあれば、「プレイガール」と「プレイボーイ」というユニークな名前もあった。派手なイメージのこの二つ名前の花が、どちらも一重の薔薇だったことが意外だった。軽やかにたくさんの花をつけるからだろうか。

薔薇・プレイガール

薔薇・プレイガール

 「プリンセス・ミチコ」「プリンセス・マサコ」「プリンセス・アイコ」と、皇族の名前にちなんだ名前の薔薇もあった。どの花も誇らしげに咲いている。戦前は皇室の庭園として使われていたことの名残のように、毎年お姫さまの名前の花が咲くのだ。

バラの名を読みバラの名を見るそれぞれの皮膚のうすさを陽にすかしつつ
                     東直子

 「イングリッド・バーグマン」など、著名人の名前のものもあった。人の一生を仮託したくなる特別な力が、薔薇にはあるらしい。

ためらひもなく花季(はなどき)となる黄薔薇何を怖れつつ吾は生き来し
                   尾崎左永子

 薔薇は、自分が咲くべき季節が来たら、特にためらうことなく咲く。黄薔薇の、あざやかで堂々としたその姿に感銘を受け、人間である自分がこの世をなんとなく怖れてびくびくしていたことが急に空(むな)しく感じられた、ということだろう。作者の第一歌集「さるびあ街」に収められている一首で、まだ若く、羞恥心も強く、自分に自信が持てなかったことを省みている。薔薇のように、生きること、光を放つことに、ためらわずにいられたら、どんなに気持ちがよいだろう、と。

薔薇と小さな虫

薔薇と小さな虫

薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ
                     岡井隆

 薔薇を抱いて湯の中に沈む。湯には花弁がこぼれ落ち、身体にはその棘(とげ)が刺さるだろう。耽美的な光景だが、痛々しい。この歌の「薔薇」は、女性のことを比喩的に表現しているのだと思われる。きれいな薔薇と運命を共にする甘美さと痛ましさ。薔薇の花弁がくずれ、棘が刺さる「音」は当人にしか分からないのだ。
                 (歌人・作家)

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