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佐賀の笹井宏之さん
今年の夏、全国高校総合文化祭「さが総文」が佐賀県で開かれた。私は、文芸部門の特別講師として、佐賀県有田町出身の歌人、笹井宏之さんについて語った。
笹井さんの最初の歌集は、2008年1月、25歳のときに出版された「ひとさらい」。あとがきに「療養生活をはじめて十年になります。/病名は、重度の身体表現性障害。自分以外のすべてのものが、ぼくの意識とは関係なく、毒であるような状態です」と書いている。庭の池に落ちる水の音や反射する光も刺激が強過ぎてカーテンを閉め切って寝ていたと、ご両親からお聞きした。そんな辛い状態の中で短歌と出会い、新聞やラジオに投稿し、新人賞を受賞するなど、活躍の場を広げていた。
とても残念なことに、歌集出版から1年後に亡くなられてしまった。しかしその後も、遺歌集やアンソロジーなどが次々に出版され、笹井さんの名を冠した文学賞が創設されるなど、大きな影響を与え続けている。
二十日まえ茜野原を吹いていた風の兄さん 風の母さん
笹井宏之
この歌は、「ひとさらい」の冒頭の一首である。「茜野原」の20日前の風の親子を想起するというファンタジー性の強い内容だが、この世の中のどこかにひっそりと存在する者を想い、そっと寄り添うような心が伝わる。実人生のエピソードを投影した作品が多い現代短歌において異彩を放ち、その流れを変えた一人である。現実から自由になり、内的ファンタジーを広げる形で新しい詩情、新しい読者を獲得したのだ。
講演後、笹井さんが最も好きだったという伊万里市民図書館を訪ねた。大きなガラス窓からたっぷりと光の入る館内は、とても気持ちがよく、きれいな緑の庭も見える。本棚は、手をのばせばすべての本に届く範囲の高さに設置され、圧迫感がない。しずかに一人で本が読める机や椅子もあちこちにある。やさしい設計の図書館なのだ。笹井さんが、長い時間をここで過ごしたとお聞きしたが、その理由が分かる気がした。
笹井さんの気配を今も留めるように、関連の本を集めた特設コーナーが作られ、作品や新聞記事なども展示されていた。また、さが総文に合わせて、私と笹井さんの著書も並べていただいていたことを知り、感激したのだった。利用者による「さが総文」を応援する付箋アートなどもあり、楽しい熱気を感じた。
折り鶴をひらいたあとにおとずれる優しい牛のようなゆうぐれ
同
折り鶴をしずかに開く。その行為は祈りのようで、丁寧に本を開くことも想起させる。笹井さんは、日々の苦しみをほどくよすがとして本を読み、言葉を模索し、作品化していったのではないかと思う。
図書館の奥には、焼き物の町伊万里にちなみ、登り窯を模した特別室がある。天井には星が輝き、ひとときのファンタジーに身体ごと浸ることができる。ここで笹井さんの作品を朗読できたら、どんなに素敵だろう。
(歌人・作家)
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