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言ノ葉ノ箱
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空に吸われる

2019/10/30

 岩手県で毎年行われている高校の総合文化祭「文芸祭」の講師として盛岡市を訪ねた。盛岡といえば、石川啄木が青春時代を過ごした地である。今を生きる岩手県の高校生らと対話をしつつ、啄木の歌を思い出していた。

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて 
空に吸はれし 
十五の心
                    石川啄木

 この三行書きの短歌は、明治43年に発行された啄木の第一歌集「一握の砂」に収載され、時を越えて愛唱されている。草の上に寝ころべば、視界は空ばかりになる。思春期特有の自意識や戸惑いが、晴れた広い空に吸われるような心地がして、気持ちを落ち着かせることができたのだろう。

盛岡城跡公園の歌碑

盛岡城跡公園の歌碑

 26歳で夭折(ようせつ)した啄木の作品は、そのすべてが若いときの作品ともいえるが、「十五」歳という思春期の具体的な年齢を詠み込み、その心理を描くことで突出した個性を打ち出した。啄木と同じ26歳で亡くなった尾崎豊に「15の夜」という歌があるが、啄木の影響を受けているのだろう。
 「不来方のお城」は、通っていた盛岡中学の近くにあり、学校の窓から授業を抜け出して寝ころんだという。現在も中津川のほとりの広大な敷地に「盛岡城跡公園」として残されている。今回、初めて訪ねることができた私は、啄木の心を思いながら階段を上り、冒頭の歌の歌碑を見つけた。歌碑の文字は、言語学者の金田一京助によるもの。啄木にとっては、盛岡中学の先輩で、東京の下宿に一緒に住まわせてくれたり、何度もお金を貸してくれたりした、恩人にして親友である。

中津川

中津川

 「今なら、ちょうど鮭の遡上(そじょう)が見られますよ」とタクシーの運転手さんに教えてもらって中津川を橋の上から眺めたのだが、残念ながらその姿を捉えることはできなかった。下流から上流を眺めると、鏡のような平らな水面は、やわらかくうねりながら細まり、しずかに空を目指しているように見えた。

岩山からの夕景

岩山からの夕景

 運転手さんは「もう一つ、すぐに行けるおすすめの場所がありますから」、と10分ほど車を走らせて、「岩山」へ連れてきてくれた。山の上には盛岡の街を一望できる展望台があり、木陰には、まぶたを閉じて感慨深げにしている啄木の銅像が建っていた。歌碑もある。歌碑に刻まれた歌は、啄木作品だけではなかった。妻の石川節子の作品も並んでいたのだ。

汽車の窓 はるかに北に故郷の 山見えくれば襟を正すも 
                    石川啄木

光り淡く こほろぎ啼きし夕より 秋の入り来とこの胸抱きぬ 
                    石川節子

 二人の歌がこうして並べられるのは、珍しい。啄木が亡くなった翌年に、後を追うように同じ結核という病で亡くなった節子。苦しい結婚生活だったと思われるが、幼なじみから恋仲になり、婚約に至った盛岡での日々は光に充ちていたことだろう。折しも節子が歌に込めた秋の夕べの光が、盛岡の街に降り注いでいるのが、岩山の上から見えた。
                 (歌人・作家)

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