運動部デスク日誌

王者

2019/12/16

 
 そのニュースを聞いた瞬間、耳を疑った。プロボクシングで60年の歴史がある協栄ジム(東京都新宿区)が活動を休止することになった。具志堅用高、渡嘉敷勝男ら13人の世界チャンピオンを輩出した大手のジムだ。その協栄出身の世界王者の一人、広島県府中町出身の坂田健史のことを思い出した。
 2004年から3度世界王座に挑戦したが、届かず。07年3月に4度目の挑戦で、念願の世界ボクシング協会(WBA)フライ級の王座を獲得。以降4度の防衛に成功した。
 当時、東京支社勤務だったため、よく新宿区のジムへ取材に行った。実績、実力的にもっとスポットライトを浴びてもいいはずだが、当時同じジムに亀田興毅、大毅兄弟が所属。良くも悪くもマスコミの注目を浴びるのは亀田兄弟。その陰で、坂田は真面目にボクシングと向き合っていた。
 07年10月。坂田の防衛戦を控えた記者会見。同席した金平桂一郎会長にワイドショーなどが、坂田のことではなく、社会問題になった亀田大の反則行為の質問ばかりを浴びせた。チャンピオンに対して失礼だと、私はぶつけどころのない怒りを覚えた。多くのマスコミが去った後、坂田は私に「いい試合をして、ボクシング界の信頼を回復したい」とぽつりと語り、一人黙々と練習をこなしていた。その光景はいまも忘れられない。
 その坂田は今、東京都稲城市の市議会議員。この転身には驚いたが、ボクサー人生同様、粘り強く市民のために汗を流していることだろう。
(下手義樹)
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