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言ノ葉ノ箱
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乱歩の家

2019/12/21

 江戸川乱歩は、生涯に46回も引っ越したという。大変な引っ越し魔だが、47番目に住んだ東京・池袋の家には、70歳で亡くなるまで、31年間定住した。最初は借家として借りていた家を気に入り、戦後に買い取ったそうだ。その家が、今も残っている。
 隣接する立教大が管理し、大衆文化研究センターが、旧邸と蔵書、資料などを保存し、無料公開しているのである。公開日は、水曜日と金曜日のみ。私は、立教大で金曜日に短歌の演習の授業を持っているので、授業の前に立ち寄ることにした。


旧江戸川乱歩邸入り口

旧江戸川乱歩邸入り口

 池袋駅から10分ほど西に歩いたところに立教大があり、私が講師室や教室として使っている五号館と六号館の間の細い道(公道)に「乱歩邸」への道案内を記したフクロウのオブジェがある。フクロウに誘われるように道を進むと、石の門柱に貼られた大きな木の板の木目に寄り添うように「旧江戸川乱歩邸」と淡い緑色で描かれた看板が目につく。もう片方の門柱には、「平井太郎」「平井隆太郎」という看板が並んでいる。「平井太郎」が、江戸川乱歩の本名、「平井隆太郎」は、立教大で教鞭(きょうべん)をとっていた乱歩の長男の名である。彼らが確かにここに住んでいたのだなあ、と胸が高鳴る。
 門を抜けると、夕陽の色に紅葉した庭木が目に飛び込み、細い道の先に旧邸が建っている。さらに奥に入ると、土蔵がある。グレーの壁のモダンなたたずまいの建物に、紅葉した銀杏や楓が映えて、美しい。この土蔵の中には、乱歩の蔵書がぎっしりとつまっているのだ。乱歩は、これらの蔵書を整理、分類し、自作や江戸時代の貴重な書物などを入れた箱には、自筆で注釈を書き添えている。

乱歩邸土蔵

乱歩邸土蔵

 旧邸では、一部の資料を公開している。レトロな味わいの装丁の本を楽しく眺めていたのだが、1932年に新潮社から出版された「蠢く触手」に関する説明書きを読んで驚いた。
 ≪実は、「新作探偵小説全集」第1巻の「蠢く触手」は、乱歩が大阪時事新報社に勤務していた時の年下の先輩であり、当時は博文館で編集者をしていた岡戸武平の代作である。この事を後に乱歩が「探偵小説三十年」(岩谷書店、1954年11月)で明かしている。≫
 知り合いの編集者が代筆していたのだ。数年前、現代音楽のゴーストライターの存在が明るみに出て大きな話題になったが、乱歩のこの件は、当時どんな反響があったのだろうか。

新作探偵小説全集資料

新作探偵小説全集資料

 乱歩の活動は、後年子ども向けの作品執筆が主になっていった。大人気だった「怪人二十面相」などのシリーズが、図書館にずらりと並んでいたのを覚えている。表紙には、リアルに描かれた人物や背景、小道具などが、おどろおどろしく描かれていて、目にするたびにどきりとした。

こんなめにきみを会わせる人間は、ぼくのほかにはありはしないよ
                     穂村弘

 この歌は、怪人二十面相が、明智小五郎に言ったセリフを切り取った一首である。二十面相の、小五郎に対するねじれた強い愛情が感じられ、一読して以来、脳裏に焼き付いてしまった。
                 (歌人・作家)

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