運動部デスク日誌

訃報

2020/7/8

 6日夜、訃報が飛び込んできた。1990年代前半に先発、中継ぎでチームを支えた元広島東洋カープ投手の望月一さんが同日、虚血性心疾患のため亡くなった。52歳だった。無口でおとなしく、決して目立つ存在ではなかったが、私にとっては、思い入れのある選手だった。
 望月さんが1軍に定着したのは、41試合に登板した92年。その年、私は入社1年目で、右も左も分からない状態で、プロ野球の現場に立っていた。当時のカープは野村、佐々岡を除けば、黄金時代を築いたベテラン揃い。望月さんは同い年ということもあり、気軽に声を掛けられる選手の一人だった。
 思い出すのは、94年のことだ。三村監督2年目のシーズンは巨人が独走。残り30試合で、巨人と11ゲーム差の4位と、完全に諦めムードが漂っていた。それが、8月21日から破竹の10連勝。首位巨人に3ゲーム差に迫り、チームも番記者も「まさかの大逆転V」と息を吹き返した。その10連勝中に3勝を挙げたのが望月さん。思えば、あの時がプロ人生で最も輝いた瞬間だったと言えるかもしれない。
 現在、中国新聞セレクトのスポーツ面で連載中の「カープ・球団70年を彩った男たち」。74年以降に入団した選手の新人連載を復刻掲載する企画だが、今月30日に86年入団の望月さんを取り上げる予定だ。プロでの成功を夢見る初々しい姿を紙面で見ていただき、彼の功績に思いをはせていただけたら幸いである。
 合掌。(小西晶)
 7月は全文ご覧いただけます。

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