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言ノ葉ノ箱
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囲いの向こうに

2020/7/30

 2020年の梅雨がなかなか明けないまま、7月が過ぎていく。本来ならば7月24日に東京五輪の開会式が行われ、今ごろは熱戦の最中だったはずなのだ。カレンダーのこの日に赤い文字で印刷された「スポーツの日」という記念日の名称が、少し悲しい。
 開会式が行われるはずだった新国立競技場へ行ってみた。隈研吾氏デザインによるこの競技場は完成しているはずだが、オリンピック以外には決して使用するわけにはいかない、と伝えるようにまわりを工事用の塀が取り囲み、中に入ることはできない。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、来年7月23日に開幕が延期されたのは周知の通りだが、いまだ終息の目処(めど)がつかない状態で、来年の開催も懸念する声が聞こえている。

国立競技場

国立競技場

 訪ねたのは、4連休の最終日の7月26日で、雨が降ったり上がったりの不規則な空模様だった。小雨が落ちてくるどんよりとした空が、雨が止んでくると同時に雲が切れて青空がのぞきはじめる。木製の廂(ひさし)とその下の緑を抱える曲線に、白い雲と青空が映える。樹々が生長すれば、美しい森のようになるのだろうか。

自己紹介下手なあの子が誰よりも背面跳びの美しいこと 
                      鴨衣

 昨年「公募ガイド」の選歌欄に投稿された、スポーツをテーマにした短歌である。「背面跳び」は、走り高跳びの跳び方の一つだが、きれいにバーを越えられたとき、その動きはたしかにとても美しい。「あの子」は、言葉で自己表現するのは苦手だが、言葉を伴わない身体表現でなら人を魅了するのだ。一センチでも高く飛ぶために工夫された動きには、少しの無駄も許されない。結果的に洗練された形になる、という過程が興味深い。

明治神宮外苑のトウカエデ

明治神宮外苑のトウカエデ

 背面跳びをオリンピックで初めて披露したのは、アメリカのディック・フォスベリーという選手である。当時主流だった、顔を下に向けて跳ぶベリー・ロールという方法が苦手で、はさみ跳びで挑んでいるうちに、偶然背面跳びになったそうだ。最初のうちは笑われていたそうだが、1968年のメキシコシティーオリンピックで優勝し、以後、走り高跳びでは背面跳びが主流となった。スポーツの形にも人生の物語が刻まれている。

さよならを告げた君の血と骨と肉が飛び込む冴え切るプール
                     赤間紺

 この歌も、前述の公募の作品。前半は自死のイメージも連れてきて不吉だが、プールに飛び込むときの緊張感を詠んだものだと結句で分かる。スポーツを観(み)るとき、各選手の身体能力の高さに生身の人間であることを忘れそうになるが、一人一人、血も骨も肉もある有限の命なのである。

明治神宮外苑の池と広場

明治神宮外苑の池と広場

 命あってこそのスポーツ。明治神宮外苑、新宿御苑など、緑の豊富な地域に完成した真新しいスタジアムを眺めながら、その意味を改めて噛(か)みしめた。
                 (歌人・作家)

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