運動部デスク日誌

家族

2020/8/3

 1日にサンフレッチェ広島が戦った横浜市のニッパツ三ツ沢球技場には、忘れられない思い出がある。あれは、サンフレが初めてJ2を戦っていた2003年6月21日。横浜FCとのデーゲームだった。試合は終了間際のマルセロのゴールで1―0で勝利。3試合ぶりの白星を挙げた。ただ、記憶に刻まれているのは、ピッチ上の風景ではない。
 ミックスゾーンでの取材を終え、チームはバスで新横浜駅へ移動。私は記者席で原稿を執筆した。出稿を終え、出口へと向かう。スタジアムの玄関前に多くの横浜FCのサポーターが集まっているのが見えた。その輪の中心にいたのは、当時、サンフレの中心選手だったサンパイオだった。
 なぜ、敵であるはずのサンパイオが囲まれていたのか。それは、彼が1998年に横浜Fが合併消滅した時に在籍していた選手だったからである。横浜FCのサポーターは横浜Fからの流れをくむ。バラバラになってしまったメンバーは、どこのユニホームを着ていようと彼らにとっては家族そのものなのだ。
 サンパイオもその気持ちを十分に理解していた。チームバスには乗らず、サポーター一人一人と握手し、抱き合い、サインし、写真撮影に応じて…。この距離感は、チーム消滅という絶望を共有し、乗り越えた彼らにしか分からないものだろう。その光景に胸を熱くしながら、暗くなり始めた道を歩き出す。試合終了からすでに3時間が過ぎていた。
(小西晶)

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