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言ノ葉ノ箱
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神楽坂の細道に

2020/11/2

 神楽坂という名の坂を初めて歩いた日は、短歌の会に初めて参加した日でもあった。今から30年ほど前のことで、当時所属していた短歌会の歌会がこの坂を上った先にあった日本出版クラブ会館の一室で行われていたのである。歌集の批評会などの会場となることも多く、いつもJR飯田橋駅から坂を上った。坂道の両脇には甘味屋、鰻(うなぎ)屋、瀬戸物屋など、老舗と呼びたいような店と、チェーン店などの新しい店が混在している。

石畳の歩道

石畳の歩道

 その大通りから脇道に入ると、車は通行できないような細い道が網目のようにめぐっていて、迷路のようである。モダンな石畳の歩道や階段もある。そんな細道の一つに「もー吉」という名の居酒屋がある。
 歌人の川野里子さんの声かけで物書きの仲間「エフーディ」による歌会と句会をこの店の2階の部屋で行っていたのだ。1階はテーブル席で、常連さんたちで賑わっていたが、2階の席は屋根裏の子供部屋のように落ち着く雰囲気で、松井秀喜さんのゆかりの品や写真をながめながら、ゆっくりと歌会や句会を楽しむことができた。なぜ松井氏の品があるのかというと、巨人で活躍されていたとき、近くの東京ドームでの試合のあとは必ず訪れるなど、深い縁があったから、とのこと。

「もー吉」2階の部屋

「もー吉」2階の部屋

 調理場の脇を抜けて黒光りする少し急な階段を毎回うれしく上っていたのだが、今年の3月以降は、新型コロナウイルスの影響でメンバーが集まることが難しくなり、リモートに切り替えて行っていた。
 そして今月、いつも予約を取って下さっていた詩人の平田俊子さんから「もー吉」が今年10月末で閉店することを伝えられた。コロナ禍で営業が難しくなったとのことである。とても残念で悲しかったが、久し振りにこの店で歌会を行った。この場所での最後の歌会では、店名にちなんだ「吉」の歌を持ち寄った。

やりたいことってなんだろうって鳥が鳴く茂吉の恋の波たつあたり
                     東直子

 「もー吉」という店名は、店主の安部俊彦さんと同じ山形県出身の歌人、斎藤茂吉にちなんでいる。50代半ばで恋に落ちた茂吉のことを思いつつ、年齢を重ねて生きる茫洋(ぼうよう)とした波を感じて歌にした。
 神楽坂を上りつめたあと、左にそれるゆるやかな坂道を歩いた先に、尾崎紅葉の住居跡がある。その前には敷き石を並べた土の道が続いていて、紅葉が住んでいた明治時代でしんと時を止めているようだった。

尾崎紅葉住居跡への道

尾崎紅葉住居跡への道

 この場所を探していたとき、綿菓子のような白髪のおばあさんと目が合った。つぶらな瞳で「私を一緒に連れていってくれないでしょうか」と声をかけられ戸惑っていると、「連れていってもいいことになっています」ときっぱりと続けた。さらに戸惑い、そっとお断りしてその場を移動した。
 少し歩いてから振り返ってみると、おばあさんは同じところに立ったままだった。彼女はどこに行きたかったのか、私はどうすればよかったのか、ずっと考えている。
                 (歌人・作家)

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