運動部デスク日誌

東京五輪を考える

2020/11/19

 日本に滞在していた国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が18日、帰国の途に就いた。15日の来日から連日、その動向を伝えてきたが、振り返ってみれば、「このコロナ禍で何をしに来たのだろう」という思いばかりが胸を突く。
 菅義偉首相や小池百合子都知事、組織委の森喜朗会長らとの会談、記者会見、国立競技場などの視察…。一連のスケジュールは全て、「東京五輪は確実にできる」というアピールだった。連日、新型コロナウイルスの感染者数が過去最多を更新している開催国日本の人々は、彼の言動をどんな思いで見ていたのだろう。感染拡大に苦しむ海外メディアの論調は厳しかったと聞く。
 このような状況に、最も心痛めているのは、アスリートかもしれない。先日、リオデジャネイロ五輪体操男子日本代表の内村航平が「『できない』ではなく、『どうやったらできるか』を皆さんで考えて、どうにかできるように、そういう方向に変えてほしい」と訴えた。五輪に人生を懸けてきた選手にとっては、当然の感情だろうと思う。
 だからといって、「五輪よりも人命」という思いを失っているわけではない。同五輪陸上男子日本代表の山縣亮太は本紙の取材に「選手としては五輪があってほしいと思う。ただ、世界的な情勢や世間の雰囲気を無視してまで、絶対に走りたいとは思っていない」と語った。これも選手の本音である。
 アスリートも日本の人々も、IOCが考えているよりはるかに現実を見ている。五輪開会式まで8カ月。彼らが今、提示しなくてはならないのは希望的観測ではない。(小西晶) 

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