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言ノ葉ノ箱
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痕跡を見つめる

2021/1/29

 昨年まで教えていた早稲田大学を、久しぶりに訪ねた。昨年の春学期は全面的にオンライン授業になったが、秋からは一部で対面授業も行われているとのことで、大学の中にもちらほらと人を見かける。しかし、いつもにぎやかに学生が食事をしたり会話をしたりしていた食堂は営業されておらず、ひっそりとしずまりかえっていた。裸木のままの戸山キャンパスのメタセコイアもこころなしかさびしげに見える。
 戸山キャンパスは文化構想学部や文学部のあるキャンパスで、敷地内にあった体育館がリニューアルされたばかりである。主なスポーツ施設は地下にあり、地上に公園が新しく作られた。真冬の現在、花を咲かせているのは椿(つばき)くらいだが、立ち枯れたままの紫陽花(あじさい)の額が透けていて美しかった。冬の公園も風情があってよいものである。

枯れた紫陽花

枯れた紫陽花

 リニューアル時にできた早稲田スポーツミュージアムでは、様々なスポーツと大学の関わりが展示されている。昨年オリンピックが予定通り開催されていたら、ここにその写真が飾られていたのだろうな、と思いながら、早慶戦の勝利の瞬間の写真など、若者たちのスポーツの痕跡を眺めた。
 戸山キャンパスから歩いて5分ほどのところにある早稲田キャンパスには、戦前から建っている古い建造物が多い。中でも坪内博士記念演劇博物館と會津八一記念博物館は、独特の味わいがある。

坪内博士記念演劇博物館

坪内博士記念演劇博物館

 坪内博士記念演劇博物館は、赤茶色の屋根とストライプ模様の入った白い壁の、ひときわ目立つ建物である。坪内逍遥の発案で16世紀のイギリスの劇場を模して1928年に建てられた。ときどきぎしぎしと音を立てる廊下をたどって日本の演劇や映画の資料を見ていると、それぞれの時代に確かに生きていた人の眼差(まなざ)しの強さにふいに胸を打たれる。
 會津八一記念博物館は1925年の建物で、当初は図書館として使われていたようだが、現在は、東洋美術史の研究家だった會津八一のコレクションや考古学の発掘資料、近現代の美術作品などが展示されている。私が訪ねたときは、アイヌのモダンな文様の着物が壁一面に展示されていて、生活と共に存在した美を実感できた。

會津八一記念博物館

會津八一記念博物館

 博物館は早稲田大学で2番目に古いコンクリートの建物とのことで、縦長の窓のシンプルな建物だが、中に入ると窓枠や手すり、階段などに透かし彫りなどの凝った装飾が施されていて、丁寧に眺めていろいろなこだわりを発見するのが楽しい。
 八一は歌人でもあり、独自のスタイルの短歌作品を残している。

くわんおん の せ に そふ あし の ひともと の あさき みどり に はる たつ らし も

 観音の背に寄りそうように生えている一本の葦(あし)の淡い緑色を見て春の到来を感じている。すべてひらがな、かつ、分かち書きの表記により、言葉を一つ一つ確認するようにゆっくりと読むことになる。理解が届いたとき、花が開くように歌の世界が脳内に立ち現れてくる。歌に込められた祈りが開くようである。
                 (歌人・作家)

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