運動部デスク日誌

背番号「34」、20勝の重み 高橋里志さんを悼む

2021/2/3

 元広島東洋カープ投手の高橋里志さんが亡くなった。背番号「34」の小気味いい投球を思い出した方も多いことだろう。高橋さんは南海を自由契約となり、1973年に広島に移籍。77年には20勝を挙げ、最多勝利投手に輝いた。プロ10年目での開花だった。

【デジタルアルバム】元カープ投手・高橋里志さん

 高橋さんに77年シーズンの話を聞いたことがある。「僕は南海で一度死んだ人間。1軍で投げられるだけでも喜びだった」と話していた。その年まで、広島は金城基泰、外木場義郎、池谷公二郎と3年連続で最多勝投手を輩出。しかも全員が20勝をマークしていた。「それでも僕はタイトルで満足していた。20勝へのこだわりはなかった」

 10月12日の巨人最終戦で19勝目を挙げ、最多勝のタイトルを手中にした。残りは2試合。もう登板はないと思っていた時、古葉竹識監督から「今季最終戦でもう一度先発だ」と告げられた。中3日。シーズン44試合目のマウンドは古葉監督への感謝で投げ抜いたという。「芽が出なかった南海時代、コーチとして見守ってくれたのが古葉さんだったから」。完投勝ちし、古葉監督に肩を抱かれたことが忘れられないと語った。

 日本ハムに移籍後、82年に最優秀防御率を獲得。輝かしい2つのタイトルは誇りだが、引退してから「20勝」という数字の重みを感じ始めたのだという。「あの1勝は古葉さんからのご褒美だったのかも」と笑顔で当時を懐かしんでいたのを思い出した。

 合掌。

(小西晶)


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