カープ

球団70年を彩った男たち

  • <4>泣かされた「わが子」 (2/22)

     ▽宿代すずめの涙、家財を売って選手の腹満たす 比治山の陰だったため原爆の被害を逃れた広島市南区段原の一帯。古いたたずまいと下町の情緒が残っていた街も再開発で区画整理され、今は新しい街に生まれ変わった...

  • <3>窮地救った、たる募金 (2/21)

     ▽球団存亡の危機 大人も子どもも虎の子はたく 1951(昭和26)年2月20日の昼すぎのことだった。カープナインがキャンプ中の広島総合球場(現広島県営球場)にパトカーが横付けになった。降りてきたのは...

  • <2>解散一転、存続へ (2/20)

     ▽「生きがい奪うな」 市民の叫び、重役会決定覆す 広島市上流川町(現中区上幟町)の城南通りに面した一角に、「天城」と呼ばれる旅館があった。1951(昭和26)年3月14日。この旅館の一室で、「カープ...

  • <1>廃虚の街に希望を (2/19)

     1950(昭和25)年に広島カープが創設されて今年で50年目。その歴史は単にカープの球史にとどまらず、原爆で廃虚と化した広島復興の歩みでもある。親会社を持たない「市民球団」という生い立ちゆえに、創設...