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【第2部 奮闘】<1>ドラフト 内定蹴りプロで勝負

2016/12/6 8:12
苑田(右)が見守る中、統一契約書に判を押す黒田

苑田(右)が見守る中、統一契約書に判を押す黒田

 大学3年春に黒田博樹を見いだした広島東洋カープのスカウト苑田聡彦は、1年以上も専修大に通い続けた。「グラウンドでは他球団を見掛けなかった。ただ試合の印象もあまりない。投げさせてもらっていなかったから」。大学通算6勝4敗ながら、150キロ右腕へと成長。スカウト冥利(みょうり)に尽きる逸材の発掘だった。

 ▽「巨人は1位か」

 苑田は黒田の逆指名を取り付けるまでの交渉経過を手帳に細かく残している。4年時の1996年10月11日に本人にあいさつし、プロ志望を確認する。同17日にはオーナーも同意済みとして、2位指名の意向を伝達。同25日、専修大監督の望月教治も交えて指名あいさつ。契約金などは1位同等の最高の評価と伝えた。11月2日に条件提示。黒田は「一番熱心に見てくれた」と逆指名を承諾した。

 10月25日の欄には「巨人1位の可能性がある」と一筆添えてある。なぜこれを書いたのか、苑田は記憶がないという。「望月さんは(他球団の名を出して)駆け引きをするような人ではない。後で巨人が狙っていたという話は聞いたが…」と笑い飛ばした。

 黒田はドラフト指名がなかった場合、生まれ育った大阪の社会人チームへの就職が内定していた。親族からは安定した就職先として社会人入りを勧められる。「1軍で投げさせてもらえるのは、ほんのわずか。社会人野球にいったら、その後も勤められるやろ」。そんな声をきっぱりと遮断した。「プロで勝負したい」

 ▽指名10分後、契約

 ドラフト会議があった11月21日、苑田はパフォーマンスに打って出た。神奈川県伊勢原市にある専修大野球部合宿所に、契約金(1億円)や年俸(1200万円)を明記した統一契約書を持参。指名10分後には契約を完了し、12球団の指名全72選手で最速入団を決めた。「何事も1番がいい。球界で1番の投手になってほしいという思いがあったかもね」

 会見後、黒田は大阪市の実家に電話を入れ、入団を報告。父一博からは「信頼される投手になれ」と激励された。背番号は15。「15番と言えば黒田と言われるようになりたい」と抱負を明かしている。

 後に広島のエースと呼ばれ始めた頃、社会人入りを勧めた親族は黒田に言った。「よう頑張っとるな。(社会人に)いかんでよかったな」。黒田は優しい笑顔で返したという。「そやな。おばちゃんの言うこと聞いていたら、えらい目におうてたわ」=敬称略(木村雅俊、山本修)


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