カープ

【第3部 リーダー】<1>選手会長 ファンサービス「直訴」

2016/12/13 9:33
2005年春季キャンプで球団職員とファンサービスについて話し合う黒田(右端)

2005年春季キャンプで球団職員とファンサービスについて話し合う黒田(右端)

 真っ赤に染まったマツダスタジアムでは今季、広島東洋カープが勝った49試合で、観戦中に選ばれたファンがヒーロー選手との記念撮影を楽しんだ。年間指定席の購入者にはナインが愛用するバットやグラブなどを抽選でプレゼント。すっかり定着したファンサービスに、若き日の黒田は深く関わった。

 2004年、近鉄とオリックスの合併を発端にプロ野球界の再編騒動が勃発。球界関係者、ファンは大きく揺れた。一部の人気球団が推し進める「1リーグ10球団構想」により、ファン離れは加速。2年続けて主催試合の年間入場者数が100万人を割り込んでいた広島の球団経営を直撃。黒田が選手会長に就いたのは同年オフだった。

 ▽「カープ変える」

 「カープを変えるぐらいの気持ちでやる」。就任直後からファンサービスの改善に向けて行動した。「球団主導だけではいけない。僕らにも責任がある」と、選手の意見を取りまとめて球団幹部へ直訴。ナインの意欲やアイデアを球団へ伝えた。

 実務レベルで動く営業、販売担当の若手職員たちとも腹を割って話し合った。選手に遠慮し、腰が引ける職員に対して「もっとできる。一緒に考えていこう」。オフから重ねた会合は、05年の春季キャンプ中にも実施した。

 球団職員の千嶋貴志(37)は「ファンとの写真撮影を要望した際、黒田さんがヒーローインタビュー後を提案してくれた。練習中は難しくても、勝ってお立ち台に上がった後なら歓迎だと。目からうろこでした」。この年の開幕前、打撃練習の見学やグラウンド整備の体験など21項目の新サービスを導入。17項目は選手の発案だった。

 04年の黒田は7勝に終わり、4年連続の2桁勝利を逃していた。選手会長として忙殺されたオフ、新たなシーズンへ個人的な目標は一切口にしていない。「ファンサービスの充実」と「リーグ最低防御率の弱投返上」。チームを率いる言動に徹した。

 ▽用具がぎっしり

 千嶋はあるイベントの帰り、タクシーで黒田を自宅へ送った際の出来事が忘れられない。「ちょっと待っといて」。戻ってきた黒田は大きな段ボール箱を抱えていた。練習着やスパイクなどがぎっしり詰められ、「ファンサービスに活用してほしい」。率先し、実践する新リーダーは05年、15勝を挙げて初タイトルの最多勝に輝いた。=敬称略(山本修)


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