カープ

第2部 <1> 1975年 「不況」の年、北別府発掘

2019/11/12 23:10

 1975年に初優勝した広島は引き続き好素材を獲得し、強い時代を築いていった。79、80、84年のリーグ優勝、日本一に主力として貢献した選手も多い。75年からの10年間のドラフトを取材メモなどから振り返る。

 初優勝して迎えた75年のドラフト会議。広島に対するアマチュア球界の評価も高まり、スカウトの活動もやりやすくなったという。ただ同年は有望素材は乏しいとの見方がもっぱらで、石油ショック後の日本経済をもじり「不況ドラフト」と言われた。

 投手なら、いずれも右下手投げの田中由郎(三菱三原)と田村政雄(中大)、打者なら左の田尾安志(同大)が1位候補だった。ただ指名順10番の広島が獲得できるはずもなかった。

 それでも九州担当スカウトの宮川孝雄は悠然と構えていた。「南九州にいいのが残っている」。甲子園出場はなく、中央球界で無名の北別府学である。「開幕1軍は無理にしても、1年目の後半には出てくる」と確信していた。
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  • 広島との契約を済ませ、古葉竹識監督(左)から贈られたグラブを手にする北別府
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