カープ

<1>廃虚の街に希望を

2020/2/19 18:59

 1950(昭和25)年に広島カープが創設されて今年で50年目。その歴史は単にカープの球史にとどまらず、原爆で廃虚と化した広島復興の歩みでもある。親会社を持たない「市民球団」という生い立ちゆえに、創設期に味わった数々の苦難。市民は身銭を切り、解散寸前まで追い込まれた球団を救い、そして育てた。勝負は二の次。ただカープが広島に存在するだけで、明日に向けての希望となった。悲願の初優勝を達成した75年以降も、カープに対するこんなファンの情念は変わらない。応援に全国行脚する人、カープを題材に短歌や川柳を作る人…。文化を「地域の独自性」と定義づければ、ここまでカープを支援、声援してきたこれら「カープ人」は、広島文化の一つの担い手でもあった。
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