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【コイの野球人】大瀬良大地(1)家族の絆

2020/5/20 22:52
2013年の新入団選手発表で家族と記念撮影

2013年の新入団選手発表で家族と記念撮影

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、開幕延期が続くプロ野球。厳しい状況下で開幕を目指す一流選手は、これまでにも山あり谷ありの道のりを歩いてきた。マツダスタジアムで黙々と調整に励む広島の主力選手に、自身の野球人生を振り返ってもらった。(五反田康彦)

 ▽弟中心に温かさ満ちる

 2年連続の開幕投手に内定している大瀬良は、開幕戦から全開でいくため、肩をつくっている。

 今はブルペンに多くは入れない。調子はどうしても落ち気味。投げて「あれっ」と首をかしげることもある。難しいが、やるしかない。3月に無観客試合で投げた時、ファンの存在にはものすごいパワーがあるのだと感じた。思えば、自分の野球人生は常にいろいろな方に支えられてきた。

 1991年、長崎県大村市生まれ。小学4年で、当時住んでいた鹿児島県霧島市で野球を始めた。

 友達に誘われたのがきっかけ。最初は三塁や遊撃を守っていた。肩が強かったので小学5年の時、監督に投手を薦められた。そこからは投手。地区大会の1、2回戦で負けることも多かった。強くなることだけでなく、野球の楽しさを学んだ。練習がない時も一人で壁当てしたり、素振りしたりしていた。

 小学6年の時、右肘を痛めた。練習のやりすぎ。不器用だった。中学2年の冬には痛みが我慢できず、試合中に降板。手術をした。ただ、ギプスが取れたら、下手から投げ、一塁手として試合に出た。フルスイングはできなかったが、どうしてもプレーしたかった。左で投げる練習も積んだ。その経験もあり、今も左で80メートルの遠投ができる。

 自衛隊員の父禎弘さんに厳しく育てられた。

 父には特に礼儀のことを言われた。初対面の人に恥ずかしくてあいさつできないと、鉄拳制裁で怒られた。ただ、好きなことに対しては「投げ出さずにやり抜け」と、気が済むまでやらせてくれた。勉強しろとは、一切言われなかった。

 母(さつみさん)は優しく、いつもフォローしてくれた。妹と弟2人。家族の絆は強いと思う。二つ下の弟、元気の存在も大きい。ダウン症で小さい時は親が毎週末、遠くの病院に連れて行っていた。自分は子供ながらに、親の負担になってはいけないと感じる部分もあった。病院に通わなくなってからは、野球の試合を母と元気が見に来てくれるようになって、いつも力をもらった。

 プロ入り後も、登板後に届く家族からメールが心の支えになっている。

 元気が施設で働き、初めて給料をもらった日、母が大喜びで連絡してきた。僕もとてもうれしかった。同時に今、プロとして大好きな野球できちっとした年俸をいただいている。その感謝をあらためて感じた。数年前、家族がいる長崎に家を建てることができた。うちの家族には、元気が中心となった温かさが満ちている。昨年は僕も結婚式を挙げ、守るべき存在ができた。より責任感を持ってやっていきたい。


【コイの野球人】大瀬良大地(1)家族の絆
▽弟中心に温かさ満ちる

【コイの野球人】大瀬良大地(2)急成長
▽体重増やし球速アップ

【コイの野球人】大瀬良大地(3)新人王
▽監督の言葉 心響き奮起

【コイの野球人】大瀬良大地(4)試練
▽肘に不安 手探りの日々

【コイの野球人】大瀬良大地(5)真のエースへ
▽もがき挑戦し、投げ切る


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