生きて

生きて 元プロ野球投手 村田兆治さん(1949年〜)

  • <15> 離島甲子園 全力投球 子どもたちに (11/13)

     今年10月17日、ロッテのかつてのエースは自然豊かな宮城県角田市にいた。引退から31年。背番号29は少年野球教室で全国を行脚する 子どもたちは私の現役時代は知らない。話して聞かせるのも一つだけど、「...

  • <14> 引き際の美学 最後に「完封」 2桁勝利 (11/12)

     200勝を達成した1989年、防御率は2・50でパ・リーグ1位に輝いた。この年のオールスター戦は第1戦に先発し、3回無失点。最優秀選手に選ばれた ベンチにもう山田久志さん、東尾修はいなかった。11月...

  • <13> 名球会入り ライバル いたからこそ (11/11)

     右肘手術から6年。200勝は曇り空の地方球場で到達した。ロッテの生え抜き選手で初めてだった 1989年は開幕戦を完封勝利で飾り、王手をかけた。次の川崎球場の近鉄戦は延長十一回、182球で敗れ、右手中...

  • <12> 三冠王 挫折の経験者 一番信用 (11/10)

     右肘の手術から復活し、1073日ぶりの勝利を飾った1985年4月14日の西武戦。実は試合前、落合博満が「村田さん、きょうは2本打つからさ」って言ってきてたんだ。 「4番がヒット2本打つのは当たり前だ...

  • <11> サンデー兆治 35歳で復活 開幕11連勝 (11/9)

     右肘にメスを入れて9カ月後の1984年5月31日、2軍戦で公式戦登板を果たした。1軍復帰は8月12日。計4度のリリーフ登板を経て9月25日、日本ハム戦で862日ぶりに先発し、5回2失点だった いずれ...

  • <10> トミー・ジョン手術 右肘 左手首の腱を移植 (11/6)

     1983年8月22日、米ロサンゼルス郊外のセンチネラ病院を訪れた。大リーグ・ドジャースの医療担当だったフランク・ジョーブ博士と向かい合った。ドジャース、ロッテで活躍したジム・ラフィーバー氏の推薦だっ...

  • <9> 苦闘 無理に投げ右肘に激痛 (11/5)

     日本一になった翌年の1975年は初の開幕投手を務め、防御率はリーグ1位だった。76年は21勝で再び防御率1位。81年には19勝で最多勝を獲得した。絶頂期にあった野球人生は82年、暗転する 昭和57年...

  • <8> マサカリ投法 足腰鍛え速球を生かす (11/4)

     マサカリ投法―。これはプロ入り7年目の1974年、日本一になった時に名付けられたんだ。 中日との日本シリーズで1勝1敗1セーブ。特に中日球場での第6戦は先発完投で胴上げ投手となり、ロッテの24年ぶり...

  • <7> 恩人 カネさんと出会い成長 (11/3)

     人生で自分に大きな影響を与えた人っているでしょ。私は金田正一さん。一言で言えば恩人だけど、そんな軽々しい存在じゃない。カネさんとの出会いがなければ、いまの私はいないよ。 金田さんは現役時代、国鉄(現...

  • <6> 伝家の宝刀 ボール挟んで寝て習得 (11/2)

     人さし指と中指でボールを挟んだ右手を差し出された。「引っ張ってみて」。ボールは簡単に抜き取れない。驚異的な力の2本指から繰り出すフォークボールは「打者が分かっていても打てない」といわれた 2本の指の...