生きて

生きて 数学者 広中平祐さん(1931年〜)

  • <5> 数学への誘い 魅力伝えた叔父や恩師 (12/9)

     中学1年の時、自宅で2歳上の姉が、数学の問題に悩んでいた。隣から、興味本位で姉の「難問」に挑戦した時、数学の世界の扉が開いた 因数分解の問題だったな。姉の教科書を見て法則を頭に入れたら、解けちゃった...

  • <4> 戦争で一変 自由満喫 受験も視野に (12/8)

     戦前、父泰輔さんは織物工場を経営し、裕福な幼少時代を過ごした。明治生まれの厳格な父に、甘えた記憶はない 会話すら、ほとんどしたことがなかった。食事も父だけが別の部屋でね。町に羽振りよく寄付をしても、...

  • <3> 原点は母 好奇心を満たす手助け (12/5)

     1931(昭和6)年4月、山口県由宇町(現岩国市)に生まれた。織物工場を営む父泰輔さんと母マツエさんは、互いに配偶者を亡くした再婚同士だった 母が広中家に嫁いだ時、家にはすでに先妻の子どもが4人いた...

  • <2> 次代へ 考え求める努力伝える (12/3)

     50人の若者が、次々に質問を浴びせる。「うん、いい着眼だ」。広中さんは終始、笑みを浮かべていた。今年8月、大分県九重町の九州地区国立大学九重共同研修所であった「数理の翼セミナー」(NPO法人数理の翼...

  • <1> 今も最前線 フィールズ賞 情熱再び (12/2)

     山口県由宇町(現岩国市)出身の数学者広中平祐さん(78)が、数学界で最も権威のある「フィールズ賞」を受賞したのは39歳の年だった。以後、研究の傍ら若者の数理科学教育に情熱を注ぎ、山口大学長も務めた。...