生きて

生きて 工房おのみち帆布元理事長 木織雅子さん(1939年〜)

  • <14> 喜望峰 81歳の新たな出発 (4/23)

     尾道市商店街連合会の会長も務めた縁で、空き店舗の解消にも目を配るようになる 尾道の商店主は店を閉めてもすぐに賃貸に出すようなことはあまりしないみたい。借家人が出て行っても慌てて埋めようとしない。一方...

  • <13> 商店街連合会 まさか主婦から会長に (4/22)

     工房おのみち帆布の経営は思った以上に順調で、2009年には尾道市商店街連合会の会長を任される 私は40歳までは専業主婦。帆布のNPOを始めたのも60歳すぎです。そんな新参者なのに伝統ある市商連のトッ...

  • <12> 今治と連携 夢はコットンロード (4/21)

     尾道で帆布の商品を売っているうちに、しまなみ海道を軸とした他地域との連携も見えてきた しまなみ海道全通で地域がぱっと良くなったわけではないんです。でも、これを生かした連携を足がかりにしたいという動き...

  • <11> 郵政選挙 ホリエモンが来た (4/20)

     新しい店舗は商品を売る場所だけではないものにしたかった 新しい店の1階には売り場と作業室に加え、帆布の資料室を設けました。縦糸をそろえる整経機や、糸を巻き直す機械などを尾道帆布から借り受け、ビデオや...

  • <10> 希望 工房おのみち帆布設立 (4/17)

     2002年4月には商店街に念願の店舗を構えた かばんや小銭入れ、帽子などの商品を広島市の商店街で展示即売して好評でした。それで尾道市の商店街に初めて店を出しました。わずか6坪ほど。家賃は月3万円くら...

  • <9> 尾道帆布 昔ながらの工場に驚き (4/16)

     1999年2月に尾道帆布の工場を見学して衝撃を受ける 尾道帆布は尾道水道対岸の向東町にあるんですが、ちょうどその頃に中小企業家同友会尾道支部に加入してくれたんです。私もそのメンバーなので、お決まりに...

  • <8> しまなみ全通 尾道の町も変化 (4/15)

     1998年には尾道市が市制100年を迎えた。翌99年のしまなみ海道全通を控え、尾道の町にも変化が起き始めていた 四国まで橋がつながれば人やモノの流れは変わります。船が主流だった尾道の暮らしも変わると...

  • <7> カミワザ 尾道短大の学食も運営 (4/14)

     ケープタウンには企業の社長や出先の支店長、市の幹部も立ち寄るようになった 福利物産先代社長の福島輝忠さんや製鉄原料先代社長の吉田允也さんの存在が大きかったです。経済人だから持っている情報が多い。いろ...

  • <6> 40歳の転機 喫茶ケープタウン開店 (4/13)

     主婦として子育てをしながら「退屈しのぎ」にプラモデル店を自宅でやっていた けっこう人気でね。子どもたちがしょっちゅう来てました。でも商売っ気がなく、子どもたちの好きに任せてご近所さんとよく話し込んで...

  • <5> 結婚 「愛と革命に生きる」夫 (4/10)

     尾道に戻ってしばらくして、のちに夫となる木織安雄さんと出会う 三原の高校を卒業して工員として造船所で働いていました。読書家でね、自分のバイクに「愛と革命に生きる」とペンキか何かで書いてあるんですよ。...