生きて

<1> 流れのままに 福山拠点に世界へ発信

生きて 能楽師 大島政允さん(1942年〜)2015/3/11 8:50
面を手に自宅の稽古場で

面を手に自宅の稽古場で

 福山市の能楽師大島政允(まさのぶ)さん(72)は、喜多流シテ方(主役)として、地方で能の普及に力を注いできた。中四国地方で唯一、個人で能楽堂を持つ大島家。その4代目当主は、人口47万人余りの地方都市に軸足を置きながら、国内外へ、能の世界を発信し続けている。

    ◇

 お能は「堅苦しくて分かんない」と思われているでしょうね。敷居が高いイメージがある。でも、謡(うたい)の一言一句が分からなくていい。静寂の中の躍動、りんとした空気、間合いの緊張の美しさを知ってほしい。お能のストーリーは、600年前の観阿弥・世阿弥の時代から変わらない人間の喜怒哀楽がベースです。お能が描く人間の普遍のドラマを、自分の心に重ね合わせてほしい。

 室町時代に発展した能楽は、江戸幕府の崩壊で一時衰退した。シテ方の5流儀のうち、喜多流は明治期に、名人とうたわれた14世喜多六平太が再興した。福山では藩士だった大島七太郎が14世六平太に師事し、備後一円に能を広めた

 僕は、能楽師の芸養子として11歳で福山に来た。東京の喜多流家元で修業して、福山に戻り当主を継いで…。流れに逆らわない人生ですね。でも流れ着いた岸で、ご褒美をもらったように思います。挫折もあったのかもしれないけど、よく分かんない。40代のころは、3代目(大島久見氏、2004年に89歳で死去)や先輩方の舞を見て「あんなに上手にできないや」と思ったりもしたけど。

 「初心忘るべからず」で知られる世阿弥の名言に「離見の見」があります。面(おもて)を着けると、世界が閉ざされ、研ぎ澄まされた感覚が生まれる。快感なんだけど、その快感に浸るだけではなく、もう一人の自分で自分を見つめることが大切です。それはお能全体に言えること。独善的ではいけない。存続に危機感はあるから、草の根からお能に親しんでもらい、何とか残していきたいと思うんです。(この連載は備後本社・加納亜弥が担当します)

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