生きて

<2> 少年時代 5歳で初舞台 稚児の役

生きて 能楽師 大島政允さん(1942年〜)2015/3/12 8:49
久見叔父(手前右)と並ぶ、13歳の大島さん(同左)。家元の14世喜多六平太(奥右)、15世喜多実の姿も見える

久見叔父(手前右)と並ぶ、13歳の大島さん(同左)。家元の14世喜多六平太(奥右)、15世喜多実の姿も見える

 広島県大崎上島町の芸陽高等女学校(現大崎海星高)の教諭同士だった大島厚民さんと八重さんの間に生まれた

 実父は、能楽師ではありませんでした。本来なら、8人きょうだいの長男だった実父が大島家の当主を継ぐはずだろうけど、やる気がなかったんだね。大学に行って先生になり、戦時中に召集され、内地で勤務しました。戦後は公職追放で、先生をしばらく辞めさせられたらしい。仕事がなくなったから、僕が5歳のころに島を出て、親戚を頼って宇品(広島市南区)の神田神社のそばで生活を始めたわけ。
(ここまで 235文字/記事全文 755文字)

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