生きて

<5> 青春時代 若手同士で公演 芸磨く

生きて 能楽師 大島政允さん(1942年〜)2015/3/17 9:16
面装束を着け、シテを舞った喜多青年会の初舞台

面装束を着け、シテを舞った喜多青年会の初舞台

 東京で高校を卒業した後、喜多流の若い弟子たちで「喜多青年会」というグループを結成した

 家元の15世喜多実先生の提案で、戦前に途絶えた「青年能」を復活させることになった。一人前になる前の若手同士、芸を磨きなさいという狙い。能楽師は公演をするとき、笛や太鼓の囃子(はやし)方や、ワキ方、狂言方の3役に、出演を交渉しないといけない。そのための人脈づくりや、舞台を作り上げる練習という意味合いもある。人間国宝(重要無形文化財保持者)になった友枝昭世さんを筆頭に、6人で初公演に向けて稽古を重ねました。
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